霧の空 霞の原

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「そんなのヤだ! マフォリナとの思い出、失くしたくないっ!」
 あたしに胸倉を捕まれて、行き場を失っていたマフォリナの右手は、すとん、とあたしの頭の上で落ち着いた。
「僕だってそれは嫌だ。だから、再び逢えるよう、今頑張っているんだ」
 マフォリナの言葉に、想いに、あたしはこみ上げてきた涙を止められず、必死で頷いた。


 こんなやりとりがあった数日後。
 あっけないほど簡単に、魔術具は完成した。
 それは同時に、マフォリナとの別れを意味する。
 それも、一時的な、だけど。
「マフォリナ、元気でね」
「ああ。リカもな」
「これ、使ってまた来るね!」
 そう言ってポケットの中に忍ばせた手の平サイズのステッキを取り出す。
「言い忘れていたが、それは通信手段としても使えるからな。リカがこちらに来たというトンネルで使え」
「そこ以外で使えば?」
「使えない」
「な、何よそれぇ!」
「あはは。まったく最後まで変わりないね、キミたちは」
 見送りに来てくれたラインさんが軽く皮肉る。
「大きなお世話ですよー!」
「ほら、リカ。そろそろ時間だ」
 皮肉にもマフォリナが別れの時間を知らせてくる。
 もうちょっと浸らせてくれてもいいのに……
「それと、これ。向こうに還ってから読め」
 強引に手渡してくる手紙。くちゃくちゃな字だけれども、封筒の表に書かれたリカの文字は、間違いなくあたしの世界の文字。
「べ、勉強してくれたの……?」
 感動で泣きそう。
「向こうに帰ったら向こうの字しか読めないだろうが」
 マフォリナは真っ赤な顔で当たり前みたいな風に言ってくる。
「じゃ、渡すものも渡したし、始めるよ」
 ラインさんの合図でマフォリナと同時に呪文を唱え始める。
 次第に光があたしの体を包み始め、足元から風が巻き上がってくる。
 光があたしを包み込んだそのとき、マフォリナが叫んだ。
「リカ! もしかしたら、もうこの世界に来れないかもしれない! しかし、来れるかもしれない! こんな不安定な僕とのつながりを追いかけず、リカはリカ自身で幸せになれ! 今この場では言えることが少なすぎるから! 手紙に託したから! リカ、幸せになれ!!」
 マフォリナは笑っていた。何かをやり遂げたように、爽快に笑っていた。
「そ、そんな話聞いてないッ!」
「リカ、幸せになれ!!」
「ま、マフォリナ……ッ!?」
 マフォリナを掴もうと伸ばした手は空を切った。
 瞬間的に景色が光で満ち溢れ、少し前まで見慣れた景色へと変化していく。
「そ、そんな話って……そ、そうだ!」
 ポケットを探り、魔術具を取り出す。が、外に出したのと同時に、それは砂となって風に乗って消えてしまった。
「そ、そんな……」
 涙が溢れ、雫となって頬を滑る。
 呆然とその場に座り込み、どことも言えない場所を見つめるしかなかった。


 カサリ、と手の中で鳴った。
 この世界ではあまり触れることのない材質の手紙。
 思考が定まらない中、体は勝手に手紙を開ける。
 そして、一心不乱に手紙の内容を理解する。
 中には、マフォリナらしい、堅苦しい言葉で慈しみの言葉が並んでいた。
 無事にたどり着いたか、怪我はしていないか、時間はもとのままだろうか……本当に、マフォリナらしい。
 そして、最後のくだりがあたしの心を再び締め付けた。


『君との出会いは偶然の産物だ。
 そしてそれは、僕にとってかけがえのない宝物となった。
 僕は再び君と会えることだけを考え、魔術具を作り出した。
 しかし、もしこれが正常に作動しなかったら?
 そんなことが頭を過ぎる。
 なぜなら、僕たちの世界の物質が君の世界でも存在するとは限らないから。
 だから僕は敢えて記そう。
 僕を忘れろとは言わない。
 君の心の中に綺麗な想い出として存在させてくれ。
 そしてリカ、君自身で僕のような者ではなく、自身の手で幸せにしてくれる奴と幸せになってくれ。
 勝手なことだとはわかっている。
 でも、僕が望むのはそれだけだ。
 どうか、リカに溢れんばかりの幸福を。』


「マフォリナ……ッ!!」
 ようやく止まりかけていた涙が再び湧き出てくる。
 マフォリナはわかって別れを告げたんだ。あたしが見えないものを追いかけないよう、そこにあるものを追いかけられるよう、こうして形に残してくれたんだ。
 マフォリナよりも素敵な人、現れてくれるだろうか。
 当分は探したって見つからないんだろうな。
 でも、自分で見つけるんだ。
 自身に決意し、今まで視界を覆っていた涙を拭う。
 なんだか、ちょっぴり景色が輝いて見える。
 これもマフォリナのおかげなのだろうか。
 マフォリナに届くかわからないけれど……
「マフォリナぁー! ありがとぉーッ!!」
 力いっぱいに叫ぶ。
「でも……まだ想い出に浸らせて、ね」
 タイミングよく、風がなぜ、小鳥がさえずった。
「へへっ……」
 そうしてあたしは歩き出した。
 今日という日を生きるために――。


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