「それよりもリカ、聴いて欲しいことがあるんだ」
マフォリナから発せられた言葉は想像していた言葉とまったく違っていた。
あ、誤魔化した……
なんて瞬時に頭によぎったけれど、ひとまずマフォリナの話を聴いてみる。
「新たな魔術具を作ろうと思っているんだ」
話半分に聞くつもりが、思わず興味を覚えてしまった。
「新たな……?」
「そうだ。リカは、還ってしまえば二度とこちらに来ることはできない、と思っているのだろう?」
首だけ動かし、頷く。
「ならもう一度来れるように、行き来できる魔術具を作ればいい」
思わず唖然。そんなこと、あたしじゃ思いつかなかった。
「本当に? 本当に、いいの?」
あたしはただ、目をぱちくりさせ、マフォリナの次の行動を見守った。
「もちろんだとも。それに……」
「それに?」
「僕もリカとこのままさようならは、切ない」
マフォリナの言葉から始まった新たな魔術具製作。
マフォリナとの約束で、あたしはその間に移転の術を完成させることになった。
微妙にスランプに入っていたときとは違い、何故かすんなりと完成させることができてしまった。
そんなあたしにマフォリナは苦笑していた。
「まったくリカといると飽きないな」
「ちょっとぉ、それ、どういう意味よぉ?」
今は夕食後の団欒の時間。
この間の円形の部屋――星空の間に連れていってもらってから、あたしたちはここで団欒のときを過ごすようになった。
中央にはマフォリナの術で出されたゆったり三人座れそうなふかふかのソファ。それにソファの周りをふよふよと浮いているお菓子の入ったお皿。
ソファにゆったりと座りながら、お菓子をつまむ。
「どういう意味も言葉の通りだ。……今までこんな風に過ごしたことはなかった」
マフォリナのやや沈んだ言葉に思わず聞き返す。
「え、こんな風にお茶飲みながらゆったりしたりとか、なかったの?」
あたしの問いにマフォリナは唯、頷くだけだった。
「そうだったんだ……。で?」
「で、とは?」
「こう、さ。変わったことで何か思うことはないの?」
「変わったこと、か。そうだな、こんなに心に余裕が生まれたことは初めてかもな」
「心に余裕?」
「ああ。今までは寝ても覚めても研究のことしか頭になかったからな。そうか……リカが還ると再び昔の生活に戻るのか……」
マフォリナの声が手に取るように沈んだ。
あまりの落差にどう声を掛けたらいいか、迷ってしまった。
結局、口から出た声は嫌にトーンが高くなってしまった。
「あ、あたし。このまま残ろうか?」
右手で自身を指し、左手をやや控えめに上げる。
そんなあたしにマフォリナは切なそうに息を吐いて、諭した。
「それですべてが丸く納まるのなら、僕はそうする。しかし、リカが還ったときを考えるとそうはならないだろう?」
「え、っと。どうして?」
「なら、リカ。君はこちらの世界で失くした時間をどうやって取り戻すんだ?」
思わず声が上がった。すっかり忘れていた。マフォリナの話から考えてみるに、こちらで過ごしたあたしの時間は元には戻ってはくれないんだ……。
「失くした時間を戻すには……記憶も失くさなければいけないから、な」
あたしの体の中を電流が走りぬけた。思考が働き出す前に、あたしはマフォリナの胸倉を掴んで叫んでいた。
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