霧の空 霞の原

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 急に目の前が暗くなった。
 段々とマフォリナの声が遠くになる……。
 どうしたの、マフォリナ?
 もっと叫んでッ!
 聞こえないよぉ……


 目を覚ますと寝室のベッドの上だった。
「リカ、大丈夫か!?」
 まだかすんでいる視界の端でマフォリナが真っ青になって覗き込んでくる。
「マフォリナ……? あたし、どうしてここに?」
 重たい身体を起こし、ベッド脇にいるマフォリナを見つめる。
「突然倒れたんだ。ちょっと根を詰めすぎたのかもしれない、すまない」
 マフォリナはそう言い、自身を責めるように、唇を硬くかみ締めた。
「マフォリナ、謝らないで。あたしがやりたくてやってたこと、なんだから……」
 本当に?
「だから、そんな顔しないで。ね?」
 本当にやりたくてやってたの?
 何かがあたしを責め立てる。
 マフォリナは納得がいかないとばかりに、眉を寄せた。
「ちょっと疲れちゃっただけだから……ちょっとだけ、休むね」
「何も考えるな。今は何もリカを縛りはしない……」
 マフォリナはそう言って、あたしをベッドに寝かし、額を撫でてくれた。
「ん、ゆっくり眠れそ……」
「あぁ、ゆっくり眠れ」
 まぶたを閉じ、マフォリナの手の感触だけを感じ、あたしは意識を手放した。


 次に目を開けると、すっかり朝だった。まだ鐘の鳴る前らしく、窓の外は霧がかっていた。そして眠る前に感じたもやもやはまだ健在。
「やりたくてやってた――か。そのつもりだったんだけど、なぁ」
 口に出して言ってみても何故かしっくり来ない。首をかしげていると、部屋の扉が開き、マフォリナが顔を出した。そして、あたしが起きていることを確認するとベッド脇の椅子に腰掛けた。
「よかった、顔色は良くなっているな」
 あたしの顔色を観察して一安心するマフォリナ。でも、マフォリナは……。
「どう、したの? 目の下、すごいことになってる……」
 マフォリナの目の下にはすごい濃いクマが出来ていた。それを指摘すると、マフォリナはばつが悪そうに頭をかいた。
「あ、あぁ。ちょっと、な」
「あ。もしかして、返還の術で不具合が見つかった、とか?」
 何故か声が弾むあたし。
「そんなわけないだろ。僕の理論は完璧なんだ。って、やけに嬉しそうだな。還りたくないのか?」
 直球で来た質問。あたしはうぐ、と一瞬答えに詰まってしまった。
「そ、そんなわけないでしょー!」
「だよな。リカはあんなに早く還りたがっていたんだからな」
 そうだった……、あたし、早く帰りたかった、んだよね。
「リカ? また顔色が悪くなってきたぞ。今日は術の演習を休め。このままでは青い顔のまま還ることになるぞ」
 マフォリナは苦笑しながら、昨日と同じように額に手を置き、優しく撫でた。それをされると、不思議と心地好い気分になった。薄く目を閉じ、その気分を味わう。
 あぁ、このまま時間が止まってしまえばいいのに……。


 部屋から出る寸前、マフォリナは顔だけ振り返った。
「体調が良くなり次第還るのか?」
 あたしはぼうっとしてきてる頭を働かせ、頷く予定だった。でも、口から出た言葉は違う言葉だった。
「ううん。移転の術が完璧に使えるようになってから……」
 その言葉を受け止めたマフォリナは、口の端だけ上げて笑った気がした。


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