霧の空 霞の原

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 朝を知らせる鐘の音が荘厳に屋敷中へと広がる。四日目の朝ともなると慣れてくるのか、鐘の音にむくりと起き上がる。数瞬呆け、今日する事を思い出し、ベッドから飛び降りる。床に足が着くと同時に、近くのソファに今日着る服が現れる。これはマフォリナがそういう風になるように魔法をかけてくれたみたい。服の種類は何故か女物。ピーズちゃんの話じゃ、あたしをここに連れてきたお兄さんの手配で困らない程度の物資援助があるらしい。
「あれ、今日はいつもより重装備なんだ」
 今までカッターシャツと布のハーフパンツが出てきてたんだけど、今日はそれに厚手のローブが追加されていた。ちょっとモコモコしてて、正直暑そう。そんなことを感じながら、今日の服に着替える。が、予想に反して全然暑くない。ちょうど良い感じかも。
「もしかしなくても、コレも魔法……なんだぁ」
 なんだか、改めて感激。いつの間にか、ちょっとずつ日常的になってきてた。これ、帰ったとき、大変だなぁ……。


 マフォリナから預かっている地図を見て、朝食を取る広間へと足を運ぶ。まぁ、もうさすがに体が場所を覚えているんだけどね。
「マフォリナ、おはよー」
 広間の扉を開けながら、中にいるであろうマフォリナに挨拶をする。
「あぁ、リカ。おはよう」
 広間には中央に食事用のテーブルがあり、椅子は両端に設けられていた。片方にはすでにマフォリナが座っており、もう片方へと向かう。テーブルの上には、まだ何も用意されていない。というか、何も置かれていない。ここ数日で慣れたとはいえ、まだこれには慣れられなかった。
「さて、始めるとするか」
 マフォリナがそう言い、指をパチンと鳴らす。と、テーブルの上にぼふん、という音と共に料理が現れた。キラキラと目を輝かせて、テーブルの上を凝視する。今日の朝の献立は、バターがたっぷりのった蒸かしポテトに黄色い飴でコーティングされた木の実のパンとサラダ、そして名前の知らない紅い果実のスープ。ポテトはホカホカとあったかく、バターがまた濃厚でほっぺたが零れ落ちそうなほど、おいしい。パンは周りの飴の砂糖的な甘さと木の実独特の甘みがマッチして、食べているだけで幸せな気分になってくる。サラダはレタスとキャベツが合わさったような野菜にトマトのような完熟野菜が添えられていた。スープはほのかな酸味を含んだ甘さが濃い後味をさらりと流し込んでくれる。もう、本当にどれを食べても、幸せになるほどおいしかった。
「リカはいつも幸せそうに食べるな」
「だって、本当に幸せなんだもん。おいしすぎぃ。いつもこんなの食べて太らないかなぁ……」
「今までは知らないが、今日からはその心配はないと思うぞ」
「どうして?」
「術はすごく体力の要る作業なんだ。だから、充分すぎるくらい食料を摂取しなければ、体が作業についてこれず、死に至ることもあるんだ」
「死!?」
「ああ。まぁ、リカの場合はそれほどの術を使うわけでもないから、そこまで気にしなくてもいいと思うがな」
 だから、マフォリナっていつも結構な量食べているくせにあんなにヒョロっちいのかぁ。普通、毎日毎日高カロリーなものを食べてたら、あっという間に横に大きくなっちゃうもんねぇ。
「ちょっと待って! 今までは知らない、って……言った?」
「ああ」
「も、もしかして、今まで同じ食事をしてたのに魔法を使ってないってことは……太ってる!? いやぁー!」
「リカ、落ち着け」
「これが落ち着いていられるもんですか! 体重の増減はね、乙女にとって死活問題なのよっ!」
「だから、最後まで話を聞け。リカ、君は昨日まで術にまったく触れていなかった、ということはないだろう? どこかで必ず術には関わっていたはずだ」
 マフォリナの言葉に今までしてきたことを思い返す。
「うん。ここで暮らしているだけで魔法には関わってる、と思う」
「完成された術は未完成な術よりは僅かだか、やはり体力を消耗するんだ。だから、大丈夫だ」
「そうなんだぁ! じゃあ、太らないね」
 そう安心して、ポテトへとかじりつく。
「消耗すると言っても、このポテトのバター添え一個分くらいだがな」
「や、やっぱり太るんじゃないのよぉー! マフォリナのバカァーッ!」
 朝はこんな風に穏やかに流れていた。


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