霧の空 霞の原

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「じゃあ、これとこれ。渡しておくから」
 マフォリナはズボンのポケットやら上着のポケットから、ハートと星が重なったような不思議な形をした首飾りと古びた紙を渡してきた。
「なぁに、これ?」
 受け取りながら、首をかしげて問いかける。
「そっちの紙はこの屋敷の地図だ。現在位置と今いる部屋から次に行きたい部屋への行き方を示してくれる。こっちの魔術具は通信の術と移転の術が封じられているものだ」
「魔術、具?」
「あぁ、簡単に術が使えない者たちのために作られた道具だ。リカにはぴったり、ということだ」
「ふぅーん。で、どういうときに使うの?」
 マフォリナはあたしの言葉にわざとらしく盛大にため息をついた。
「君はバカなのか?」
「ふぐっ! あたし、バカじゃないもーん。こっちの世界来たばっかだもーんっ」
 ふん、思いっきりすねてやる。
 ぷいっと身体を反転させても、マフォリナの反応は変わらない。
「わかったから。使い方の説明をするぞ」
 マフォリナの言葉におとなしく振り返る。
「この魔術具が赤く光れば通信だ。同時に僕の声が聞こえてくるだろう。青く光れば移転だ。こちらはリカが操作しなければ作動しないようになっている。作動方法は魔術具に向かって移転先を叫べば作動する」
 わかったか、とマフォリナは瞳だけで聞いてくる。
「ん、わかった! 赤く光ったら、マフォリナの声が聞こえてきて、青く光ったら、移転! でしょ?」
「そうだ」
 マフォリナは満足げに頷くと、続けた。
「夕食時になれば、連絡する」
 それだけ告げると、マフォリナは消えてしまった。と、思ったら、渡された首飾りが赤く光った。
『言い忘れていた。綺麗になった部屋は地図で青く表示されるようにした。それと、磨くのは床と窓だけでいいからな。それ以外は見るだけならいいが、一切触るな』
 一方的に言うだけ言って、その光は消えた。
「え、返事はいらないの? ちょっと、言うだけ言っておしまいとか有り!?」
 なんて騒いでみたけど、首飾りはうんともすんとも光らなかった。
「もう、マフォリナのバァカ」
 ひとりごちても掃除が先に進むはずなく、あたしは首飾りを首にかけ、地図を頼りに大掃除を開始した。


 それから二日間、あたしはマフォリナのお家の掃除をしていた。
 最後はマフォリナの自室。これは、マフォリナからの要望でもあったんだけど。自分の部屋は最後にしてくれ、ってね。
「これで、最後だっ!」
 最後の一拭きを終え、その場に座り込む。
「もー、疲れた! マフォリナー、終わったよー!」
 この二日の間に、あたしはマフォリナにお願いして、この魔術具だとかいう首飾りにこちらからも呼びかけられるようにしてもらった。
『解った。ひとまず、僕のところへ戻ってきてくれ』
「はぁーい。えーっと、"移転・マフォリナ"!」
 首飾りが青く光り、足元から風が吹き上がる。いつものように目を瞑る。
 自分でわかってやってたら、全然嫌じゃないんだけどなぁ。
 足元からの風が止み、目を開ける。そこはいつもの研究室だった。中央にはいつものように鍋がかけられ、マフォリナがすぐ傍に立っていた。
「マフォリナ、お掃除終わったよ?」
「あぁ、ご苦労。さて、困ったな」
 マフォリナは、ふむ、といった感じで腕を組んで考え込みだした。
「どうしたの?」
 首を傾げて問いかける。
「いや、これで返還の術が完成するまでのリカの暇つぶしがなくなったな、と」
 思わず目をぱちくりさせる。
 何よ、何よ! もしかして、家中の掃除させたのも、あたしの暇つぶしのためだったってわけー?
「じゃあ、今度こそ魔法を教えて! あたしも何か使えるようになりたい!」
 マフォリナはあたしの提案に再び考え込み、小さな声で聞き返してきた。
「……片手間で良いか?」


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