霧の空 霞の原

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「ここまでご足労願ったが、また移動してもらう」
「えーっ!?」
「まぁ、今度は僕の魔法で、だが」
「あの風が吹いてくるやつ?」
 言葉と同時に身振り手振りで風を表現する。
「あぁ、移転の術だ」
「あれ、心臓に悪いんだよねぇ……」
 なんてひとりごちていると、マフォリナは有無を言わさずあたしの腕を掴んできた。文句を言う暇もなく、足元からは例の風。
「これ、嫌いだって言ってるでしょーッ!」


 そして、場所は玄関ホール。
「ねぇ! いきなり魔法使うのやめてくれる!? こっちにも心の準備ってものがあるのよぉ!」
 落ち着くや否や、わめき出すあたし。
「あぁ、そうなのか。すまなかったな、以後気をつける」
 それに対して、意表をつくマフォリナの冷静な態度。
 交戦態度だったのが揺らいじゃったじゃない。
「き、気をつけるなら許すわよ。それより、魔法を教えてくれるんじゃなかったのー?」
「その通りだが?」
 マフォリナはそう言いながら、あたしに雑巾を手渡してきた。
 一体いつ出してきたんだか……
「こんなとこで、雑巾持って魔法? あたしに床掃除しろとでも!?」
「ああ、その通りだ」
 怒りを通り越して、呆れてきちゃう。とりあえず、首をかしげて質問。
「床掃除がどうして、魔法?」
「まぁ、やってみればわかるよ」
 マフォリナはそれだけ言うと、また自分の研究室へと戻っていった。やっぱり、ふっと消えるように、だけど。
 ……さっきしっかり聴いてないととんでもないことになる、って言ってた人はだぁれ?
「うみゅー……やるしかない、かぁ」
 一人つぶやいて、雑巾を握り締める。
 すると、先ほどまで乾いてカラカラだったはずの雑巾が、今はしっとりと湿っていた。
「わわわっ、こ……これが魔法かぁ……」
 さっきから魔法に触れているはずが、これにはちっちゃい感動に声を上げた。


 端から端までを行ったり来たりしながら、床をピカピカに磨き上げていく。
 床を通り過ぎる度に、ほこりで薄汚れていた床がピカピカに光りだす。
 ふと疑問に思い、雑巾を裏返してみる。
「ふおお……っ! ほこりついてない……すごいすごい!」
 感動に胸を躍らせながら、再び端から端まで行ったり来たりする。
 綺麗になるのが面白くて、ついつい時間を忘れ、玄関ホールの床掃除を終わらせてしまった。
「マフォリナぁー!」
「終わったみたいだな」
 声は天井から。
 見上げると、マフォリナがふわふわと浮いていた。
「うんっ! ねね、この雑巾すごいねぇー。ほこりがね、消えちゃうの!」
「そりゃそうだろ」
「そんな冷たく言わないで、一緒にはしゃごうよー」
「はしゃごうよ、って……それを作ったのは僕なんだが」
 すんごい呆れた顔をしながらも、マフォリナは天井からふよふよと降りてきた。
「ねね、次はなにしたらいいのー?」
 雑巾を差し出しながら、頭を軽くかしげる。
「そうだな……本当はすべての部屋をそうやってやって欲しいのだが、迷子になられても困るしな……」
「全部のお部屋? いいよ?」
 マフォリナはあたしが同意することをまったく考えていなかったらしく、爛々と目を輝かせた。ついでに手まで握られてしまったけど。
「本当かっ!?」
 マフォリナの勢いもあって、あたしは頷くしかなかった。


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