霧の空 霞の原

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「アラキリカ……?」
「ちがーう! 荒木、理香! さっきからずーっと思ってたんだよね、荒木は苗字で理香が名前なの!」
 その男は右手を口に当て、ふーむ……と考え込んだ。
「で、マフォリナさんはどこ?」
 首をかしげると小鳥さんが、ばさばさとその男の肩に止まった。まるで、その男がマフォリナさんだ、と言わんばかりに。
「目の前にいるじゃないか」
 その男は考え込みながら、答えた。
 器用な人だなぁ……って、ちょっと待って。
「え? あなたが……マフォリナ、さん?」
「ああ、そうだが?」
 それがどうした、みたいな顔で答えてくる。
 きぃー! なんだか、むかつくー!!
 と、そこでお兄さんに握らされた紙の存在を思い出した。かさかさと目の前まで持ってくる。
「……読めない」
「貸してみろ」
 マフォリナさんが手を差し出す。紙を渡すと、マフォリナさんは喜びだした。
「君は異世界の住人なのか!? ……ということは、やはり僕の理論は間違ってなかったんだな!」
 なんだかよくわかんないけど、あたしがこの世界に来たことでマフォリナさんの考えが証明された、らしい。どうでもいいから、帰してくれないかなぁ。あぁ、まだ部活始まってなきゃいいけど……
「ところで、いつ帰してくれるの?」
「? 何のことだ?」
「え。ふよふよ浮いてた光がマフォリナさんが帰り方を教えてくれるって」
「何を言ってるんだ? 僕が出来るのは召喚の術であって、返還の術なんてできないが?」
 ……返還の術なんてできない、じゃなぁーいっ!
「な、なんでよっ! 帰してよっ! おうちに帰りたぁーいっ! 今ね、部活に行く最中なのよ! しかも、もうすぐ大会あるし、こんなとこでのんびり魔法教わってる場合じゃないんだからねっ!!」
 ぜー、はー、ぜー、はー……
「た、確かにこれは僕の責任だな……。今研究している術が完成すれば、こちらに来た時刻と同じ時刻に帰せるかもしれない」
 ほぇ……?
「ほ、本当!? あの時間にちゃんと帰れるの?」
「仮説だがな。だが、こちらの時間の流れとあちらの時間の流れは多少違ったはずだが……」
 マフォリナさんはまた、右手を口に当ててぶつぶつと考え込み始めた。
 しばらくその様子を眺めていると、マフォリナさんは急にパチンと指を鳴らした。すると、お兄さんのときと同じように風が吹いてきて、また景色が変わった。
 そこは見た感じ、応接間な雰囲気だった。
「好きな場所に腰掛けて」
 言われるように、一番近くにあったソファに腰掛ける。
「君が今ここにいることは僕に責任がある、君に術を教授しよう」
「ほ、本当!?」
「ああ。だが、辛くなっても逃げられないぞ」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
 勢いよく立ち上がり、深く頭を下げる。しかし、マフォリナさんはそれを不思議そうに眺めていた。
「どうして頭を下げるんだ? 君は何か悪いことをしたのか?」
 はいー? あ、もしかして。ここではそういう習慣がない、とか?
「えと、あたしの世界ではお礼を言うときやお願いするときにも頭を下げるんだよ」
 マフォリナさんはそうなのか、と呟くと、再び手を口に当て、ぶつぶつと……。
 なんか、学者さんみたいな感じ。魔法が使える人って、みんなこんなのなのかなぁ。
 ひとりで考え込んでるマフォリナさんを見て、なんだか寂しくなったあたしはストンッとソファに座り込んだ。
 その音が聞こえたのか、マフォリナさんは顔を上げ、切り出した。
「あ、そうだ。そんな丁寧に呼ばず、呼び捨てでいい」
 マフォリナは何故だか、穏やかな笑みを浮かべながら消えていった。
 その笑顔に一瞬、クラッと来たのは、まだ、あたしだけの内緒。


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