脳の支配

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 馬車に揺られ続けて二十分ほど、わたしは馬車の小窓にずっと張り付いていた。
 目に映る景色すべてがすてきで、光り輝いていた。
 流れていく景色に不安と期待が入り混じって湧き上がる。
 わたしもまた心を許しあえる友だちができるかな……。
 この感情とどう折り合いをつけていこうかと悩んでいると、再び馬がいなないて、馬車は止まった。
「ほら、みえ。新しい家に着いたぞ」
 まずパパが馬車から降りて、それにママが続いた。
 わたしはひとつ息をゆっくり吐いて、それから降りた。
 馬車から降りると、馬車の向こう側からこれから住む家が見えた。
 わたしたち一家が新しく住む家は、他の家と同じように洋館造りになっていた。
 わたしたち家族三人では、二階建てでちょうどいい感じだった。
 パパが鍵を開け、家に入ると玄関入ってすぐ右に存在する居間にわたしたちよりも先に届いていたダンボールの山が鎮座していた。
「家具は全部設置してもらったんだけどな。こればかりはどこに置いたら良いかわからなかったからここに固めておいてもらったんだ」
 パパが後ろ頭をかいた。
「これは、片付けるの大変だね」
「まぁ、仕方ないさ。頑張って片付けるか」
 パパはため息をつきながらダンボールの山へと向かった。
「パパとママの部屋は廊下の奥の階段を二階に上がってすぐにある深緑のドアの部屋で、その向かいの赤いドアの部屋がみえの部屋だからね」
「はあい」


 わたしは自分のダンボールはひとまず置いておき、宛がわれた部屋を見てみることにした。
 ママに説明されたように廊下の奥には年季が入った木の階段があって、一段一段踏みしめるようにして上がった。
 階段を上がったすぐ前に深緑のドアはあった。
「ここがパパとママの部屋かぁ。確かわたしの部屋はこの向かい、だよね」
 そう呟きながら振り返ると、階段で吹き抜けになっている奥に深紅のドアがあった。
「パパとママの部屋からちょっと遠いんだ……」
 夜中怖くなったらどうしようと考えた頭を軽く振った。
「……うん、だいじょうぶ」
 きしむ木の床を踏みしめ、廊下を進んでいった。
 新しい部屋にドキドキと興奮しながら、わたしはドアノブに手をかけた。
「あ、あれ……?」
 ドアノブを回そうと手首をひねってみたけれども、ドアノブはガチャガチャと鳴るだけで動かない。
「鍵、かかってるのかなぁ」
 わたしは首をひねりながら、ドアノブから手を離した。
 手を離すのとほぼ同時に、ドアの向こう側でガチャリと重い金属が落ちる音がした。
「え……?」
 わたしは再びドアノブに手をかけ、手首をひねってみた。
「あれ、開いた……」
 今度は、軽く触れただけでドアノブが回り、軽くきしみながらドアは開いた。
「たてつけでも、悪かったのかな?」
 わたしは自分に言い聞かせるように呟き、部屋の中へと視線動かした。
「う……わぁ!」
 わたしの新しい部屋にはすでに家具であるベッドや勉強机、愛用の五段チェストが運び込まれていた。
 床にはドアの色と同じ深紅のじゅうたんが敷き詰められていた。
 恐る恐る一歩を踏み出し、敷居を越える。
「っわ! すっごいふわふわっ!」
 想像していたよりも、やわらかな感触が足を待っていた。
 じゅうたん特有の硬さではなく、ふわふわとした軽い浮遊感を持った質感だった。
「こんなじゅうたんって、普通一般家庭にあるものなのかな……」
 今、足元に敷き詰められているものの値段が気になりつつも、わたしは部屋の中をぐるりと見渡した。
 どこをどう見ても、ほれぼれしてため息しか出てこない。
 備え付けられているクローゼットを開けてみると、中にはすでに一着の服が掛けられていた。
 それは紺のブレザーに白に近いカッターシャツ、赤いリボンに紺のプリーツスカートだった。
「もしかして、これが新しい学校の……?」
 新しい制服を手に取り、クローゼットの内側につけられている鏡の前で合わせてみた。
「これが、次の学校のわたし、かぁ」
 鏡では、新しくて馴染まない制服にどきまぎするわたしが映っていた。
 制服をもとの場所に掛け、クローゼットを閉め、もう一度部屋を見渡した。
「さて、早く片付けちゃわなきゃね」
 気合を入れたわたしは一階の居間へと降りて、自分の衣類を入れたダンボールを抱えて戻ってきた。
 クローゼットを開けて衣類を掛け、下着をチェストに仕舞っていると、一階からママのご飯を知らせる声が響いた。
 晩ご飯が終わった後、普段なら団らんの時間だけれども今日はさすがにパパもママもすぐに荷解きと片付けに戻ってしまった。
 わたしひとりだけがゆっくりしているわけにも行かず、少しがっかりしながら自分の部屋へと戻った。
 居間のダンボールの山は無くなったけれども、代わりにわたしの部屋に小さなダンボールの山が出来ていた。
「これを片付けなきゃいけないのか……」
 ダンボールの小山を見てひとりごちたところで何も変わらない。
 わたしは腕まくりをして、ひとつずつ片付け始めた。
 そのおかげか、眠る少し前にはダンボールの山は無くなった。
「この続きは明日、かな」
 部屋の一角を占拠している持ってきた本の山やぬいぐるみたちを見て言葉が漏れた。


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