エデンの園で会いましょう
11.Sing a Song

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 無事、デビューダンスが終わり、ホッとした表情で戻ってくるカイミャくんを笑顔で迎えた。
「上出来だ、これでお前も立派な一人前だな」
「ほ、本当?」
「もちろんだ。ラティカ嬢、俺たちも少し踊ろうか」
 ケイシュ様は手を差し出し、誘うように首をかしげた。
 遠慮がちにその手を取り、久々のダンスに心が躍った。
 ちょうど頃合いよく、曲が変わり、ホールへと歩き出す。
 ケイシュ様にリードされながら、音楽に身を任せた。


「さすが、シングフラワー。ダンスもお上手だな」
 急に以前の社交界で呼ばれていた名を出されて、まともに返事を返せなかった。
 と、そのとき、目の端で見たことのあるような人が映った。
 すぐさま、そちらの方に目をはせてみたけれども、見知らぬ人ばかりだった。
「ラティカ嬢?」
「あ、ごめんなさい。見知った方がおられたと思ったのですが……」
(まさか――ね。でも、あの方がここに現れないとは限らないし……)
 と、今度は正反対の方向から見知った声が聞こえた。
「ラティカ? ラティカじゃないの!」
 声の方を振り返ると、ロザンヌ同様中等学校時代からの友達、パトリシア(通称パティ)がパートナーと共にこちらに寄ってくるところだった。
「まあ、パティ! 元気?」
「元気に決まっているじゃない! ロザンヌに聞いたわよぉ、家庭教師をしているそうじゃないの」
「ええ、そうなの。こちらのケイシュ様の弟君のカイミャ様のマナーや作法の指導をさせていただいているの」
「まあ……。そうだわ、ラティカ! あなたの歌声、久しぶりに聴きたいわ」
 パトリシアはほんのりと頬を染め、うっとりとした様子で提案してきた。
「でも私、ヴァレン卿とは面識ないわ」
 慌てて断ろうとしている私をよそに、ケイシュ様が提案してきた。
「ヴァレン卿に許可がいるのなら、俺がしてくるが?」
「まあ、本当ですか!? なら、ラティカは準備をしなくちゃ!」
 ケイシュ様の提案によって、後にも引けなくなった私はちょっとだけケイシュ様をにらんでいた。


 パンパンッ……!
 ヴァレン夫人の合図に皆がヴァレン夫人へと注目を集める。
 その様をハープの隣で呆けて眺めていた。
 カイミャくんのリクエスト通り、とはいかなかったけど、ハープの旋律に乗せて歌うことがいつの間にか決まっていた。
「皆さん! ご注目下さい。なんと、半年ほどまでシングフラワーと名を響かせていたラティカ=モナシス嬢が今宵、わたくしたちのためにその歌声を披露して下さるそうです!」
 そうして、私へと視線が移る。
 その視線を一身に浴び、お辞儀をする。
 ハープ演奏者と合図し、曲が始まる。
 旋律に乗せるように、声を出す。
 皆が息を呑むのがわかる。
(まだ、まだ……!)
 音に、歌に身を任せる。
(気持ち、いい――)


 歌が終わり、ホール中にびーんと余韻が溢れる。
(久しぶりね。こんなに思いっきり出したの)
 呼吸を整え、お辞儀をした途端。
 ホール中に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
「ありがとう、君の歌、こんなに気持ちがいいもんなんだな」
 伴奏を務めてくださった方に握手を求められる。
「こちらこそ、ありがとうございました。とっても気持ちよく歌えました」
 求められた握手を返す。
「先生! 先生の歌、すっごく良かったよ!」
 いつの間にか、傍まで来ていたカイミャくんが興奮気味に感想を伝えてくる。
「ありがとう」
 と、そこへケイシュ様が足早に近づき、私たちにささやいた。
「ラティカ嬢、カイミャ。騒ぎになる前に帰ろう」
「兄上?」
「詳しい理由は馬車の中で話す。さ、早く」
 ケイシュ様に先導され、馬車へと向かった。


「兄上、どうして急に?」
 馬車に無事乗り込み、ヴァレン卿邸から幾分か遠ざかった頃、カイミャくんが疑問を口にした。
 しかし、ケイシュ様はカイミャくんの方には向かず、私に問いかけた。
「ラティカ嬢、どうして言わなかったんだ。せめて前もって情報だけでも掴んでいれば、貴女をあんな場所に連れては行かなかった」
 ケイシュ様が何を指しているのかわからず、首をかしげた。
「アランのことだよ。何が起こったかはパトリシア嬢に総て聞いた。慌てて来客リスト見てみれば、アランの名前が載っていた」
「……やはり、あの後ろ姿はアラン様でしたのね……」
「先生? その人がどうしたの?」
 我慢できなかったのか、今まで成り行きを見守っていたカイミャくんが問いかけてきた。
「数日前に話した、私の嫌いな方よ」
「奴のあの馬鹿高いプライドを汚した相手。そう簡単に見過ごすはずがない……」
 何か手を打たなければ、ケイシュ様はそうつぶやき、黙り込んでしまった。
(あの方が、ボスディア家に……? 漸く手に入れたと思った平穏をあなたは壊しに来るのね……)


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