なんだかよく眠れないまま、朝を迎えた。
ボーっとする頭で着替えを済ませ、迎えに来てくれるマチを待つ。
コンコンッ……
「おはようございます、ラティカ様!」
「おはよう、マチ」
いつもより反応の薄い私にマチが眉をひそめ、問いかけてきた。
「どうなさったのですか? 昨晩はぐっすり眠れなかったのですか?」
「え、ええ。まだちょっと疲れが残っているみたいなの。じきに取れるわ」
「ならいいのですが……では、参りましょうか」
マチに先導されて、朝食を取りに食卓へと向かった。
朝食も無事終わり、カイミャくんのもとへ向かおうとしていると、肩ほどまであるクリーム色の髪をなびかせて、男性がこちらへ近づいてきた。
「おや、フェルーナじゃないですか。こんな時間にどうしたのですか?」
隣にいたガリウラがフェルーナと呼ばれた男性へと話しかける。
しかし、フェルーナと呼ばれた男性はガリウラの問いには答えず、私の前で止まった。
「わたくしは第1執事のフェルーナ=アッシェと申します。ラティカ様にお願いがあります!」
「……はい?」
「当主様にどうしても欠席できない夜会の招待状が届き、急なことでどうにも手が回せず、私をパートナーに、ということですか?」
「はい、その通りでございます」
「しかし、私、ドレス持ってきてませんよ?」
「準備の方はわたくしどもでなんとかします! ですから、ケイシュ様のパートナーを今夜だけでもいいですから務めていただけないでしょうか……!」
あまりにも悲痛な面持ちで思わず、頷いてしまった。
「ありがとうございますッ! では、こちらへどうぞ」
私はフェルーナに半ば引きずられながら、夜会の準備が行われている部屋へと向かった。
まず、湯殿に連れて行かれ、指先から髪の毛の先まで綺麗に磨かれた。
次にウォークインクローゼットへと連れて行かれた。
そこで何故かぴったりのコルセットを着せられ、次々とドレスを合わせられた。
そして、漸く決まったかと思うと、化粧台の前に座り、髪を結われ、すごいスピードで以前の私が出来上がっていった。
姿鏡には綺麗にドレスアップされた私が立っていた。
ドレスは白いサテンの生地で胸元に大きくバラの刺繍が施され、裾にも連なるようにバラの刺繍が施されていた。
くるりと回って自分の姿を確認する。
「うわあああ! すっごく綺麗だよっ!」
扉の方からカイミャくんがはしゃぎながら、走り寄ってきた。
どう反応していいかわからないでいると、もうひとり正装した男性が入ってきた。
「カイミャ、一体なにをはしゃいでいるんだ?」
そこには昨夜出会った、あの人が立っていた。
「ラティカ嬢、私がボスディア家当主、ケイシュ=ボスディアです」
「兄上! 先生、とっても綺麗だよ!」
「カイミャ、少しはおとなしくしたらどうだ?」
(うそ……、当主様、だったの……?)
震える身体を気合で治め、裾を摘み、軽く頭を下げた。
「カイミャ様の教師を務めさせて頂いております、ラティカ=モナシスでございます」
ケイシュ様は片手でそれを制し、顔を上げさせた。
「ラティカ嬢、普段通りに接してください。今宵は主従の関係ではなく、パートナーの関係なのですから」
ボスディア家の豪勢な馬車に揺られ、着いたのはパ−ティ好きなある上流貴族の屋敷だった。
ケイシュ様にエスコートされ、入り口を抜け、ホールへと入った。
中はもうすでにパーティが始まっていた。
「ラティカ嬢はカイミャと共にいてくれ。カイミャ、しっかりとデビューを果たすんだよ。俺は招待してくれたヴァレン殿に挨拶をしてくるから」
「はい、兄上。先生は僕がしっかりお守りするよ!」
ケイシュ様はそう口早に言うと、奥の方へと進んでいってしまった。
ケイシュ様の後姿を追うと同時にホール全体に視線を馳せる。
「先生、懐かしい?」
ふとカイミャくんが横から聞いてくる。
「そう、ね。雰囲気は懐かしい、かな。それよりも、デビューダンス、もうすぐね」
いたずら気に笑いながら、カイミャくんの様子を探る。
「先生、プレッシャーかけないでよ……」
「ふふ、お相手のお嬢さんはどちらにいらっしゃるかわかってる?」
「えーっと……あ、ここから少し離れたあの子だよ」
「じゃあ、挨拶してらっしゃい。今日はよろしくお願いします、って」
カイミャくんは元気に返事し、今宵パートナーとなる子のもとへ向かっていった。
ひとりになり、しばらく呆けていると、ファンファーレが鳴り響いた。
(いよいよ、カイミャくんの出番ね)
真新しい夜会衣装に包まれた、社交界の新しい住人が緊張気味にホール全体に広がる。
指揮の合図にコントラバスのリズムにステップが、ヴァイオリンたちの音色にドレスの裾が踊る。
「カイミャはもうそんな歳なのか……」
いつの間にか戻ってきていたケイシュ様が感慨深げにつぶやいた。
「カイミャくん、立派にデビューを果たして戻ってきますよ」
ふふ、とちょっと自慢げに沿えた。
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