エデンの園で会いましょう
9.Again

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 屋敷に着く頃には、すっかりと陽が暮れていた。
 屋敷に着くと、行きと同じように玄関先でメードたちが出迎えのため、立ち並んでいた。
「お帰りなさいませ!」
 カイミャくん、私、ガリウラの順に馬車から降りる。
「ただいま」
 カイミャくんは眠たそうに目を擦りながら、屋敷の中へと入っていった。
 ガリウラはメードに指示をし、カイミャくんの後をついて屋敷の中へと入っていった。
「只今戻りました。マチ、あとでお部屋に来て頂戴。渡したいものがあるの」
 そう伝え、私も疲れた体で自室へと向かった。


 コンコンッ
「どうぞ」
「失礼します」
 マチがトレイを持って来てくれた。
「本日はお疲れの様子なので、お夕食も一緒にお持ちしました」
「まあ、ありがとう」
 マチがテーブルの上に夕食の準備をしてくれながら、聞いていた。
「それで、ラティカ様、渡したいものってなんでしょう?」
「ふふ、マチがいつもおいしいお茶を淹れてくれるから、ハーブティー用のハーブを買ってきたの」
「まあ! ありがとうございますっ! 早速お淹れしますね!」
「楽しみにしているわ」
「お食事、お済みになりましたら、テレフォンで仰ってくださいね。すぐに取りに来ますから」
「ありがとう、助かるわ」
「いいえ、それでは」
 マチはトレイとお土産のハーブを持ち、部屋から出て行った。
 私は普段よりゆっくりとした速度で食事を始めた。


 テレフォンを鳴らし、マチに連絡すると、数分も置かずにやってきてくれた。
「失礼します。ラティカ様、食後のお茶をお持ちしました」
「マチ、本当にありがとうね」
「いいえっ! これが私の仕事ですもの」
 食器を手際よく片付け、ポットとカップがテーブルに置かれた。
「疲れが取れるように、ラベンダーを少々入れさせていただきました」
 ハーブティーの説明をしながら、カップへとお茶を注いでくれる。
 お礼を言い、カップを受け取る。
「では、私はまだ仕事が残ってますので失礼しますね」
「あら、大変ね。お仕事、頑張ってね」
「はい! ラティカ様、お休みなさいませ」
「はい、おやすみなさい」
 マチが退室し、私はゆっくりとお茶を楽しむ。
 ふと、窓に目をやる。
 月が綺麗に出ていた。
(月が綺麗……きっとあのバラ園も月の光に照らされて、綺麗でしょうに)
「……行ってみようかしら」
 そう言葉にすると、バラ園が気になってしかたがなくなってきた。
「でも……」
(今、外に出ると、マチたちに見つかってしまうわね。そうなると連れ戻されそうだし)
「もうしばしの間だけ、お茶を楽しむことにしましょうか」


 時計の針がまもなく1時へと到達する頃。
 そっと扉に耳をあて、澄ます。
 カチ……カチ……カチ……
 時計の針の音しか聴こえない。
 ガウンを羽織り、音が鳴らないように扉を開け、そろそろと部屋を出た。
 ざぁ……
 あの日のように風が頬を撫ぜる。
 導かれるようにまた、庭園の中心部へと足を運ぶ。
 そこには、すでに先客が居た。
 雲のかげりが晴れ、その人の容姿があらわになる。
 ゆったりと結われたガーネットように紅い髪をなびかせ、その人は椅子に座っていた。
 ガサ……
 ガウンの裾を葉で引っ掛けてしまった。
「誰だ?」
 振り向いたその人はこの前の人だった。
(会えた……)
「お久しぶりです」
「ラティカ嬢……」
 また来てしまいました、と首をすくめる。
 その人はくすりと笑い、こちらへ、と手招いた。


「今夜はどうして?」
「月に呼ばれました」
「月に?」
 その人は、不思議そうに空を仰いだ。
「ああ、月が綺麗に出てたのか……」
 しばしの間、共に月を観賞する。
 そういえば……と、その人が。
「本日はお出掛けだったのでは?」
「ええ。でも、何故だか眠くならないんです」
「なるほど。俺もそういう時はここ――エデンの園にふらっと来てしまうのですよ」
「エデンの、園……?」
「先代の当主が最愛の奥方と初めて出会ったのがこのバラ園だそうで。誰が言い出したのか、いつの間にか“エデンの園”と」
(なんだか……)
「ロマンチックですね……」
 それっきりまた、月を眺めた。


 チリリリ……
 鈴が鳴り響いた。
 ほぼ同時に、その人が懐から懐中時計を取り出した。
「もうこんな時間か……。ラティカ嬢はそろそろ戻られた方がいいですよ」
「……そうですね。私はもう戻ります」
 本当はまだいたかった。
 でも、言えなかった――。
 別れを言い、名残惜しい気持ちを振り切るようにその場から離れた。


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