エデンの園で会いましょう
12.Gatecrash

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 夜会から1週間、特に事件もなく、ホッとしていたとき。
 事件は起こった。
 やっぱり、見逃してくれる、なんて甘いこと、なかったみたい。


「ラティカ様! こちらです、早く!」
 私はフェルーナに急かされ、長い廊下を走っていた。
 導かれるままに着いた先は書斎だった。
「ここは?」
「しっ! こちらにいらっしゃって下さい。何が起きても物音を立ててはいけませんよ」
 言われるままに、その指し示された場所へと移動する。
 そこには、小さな小窓がついており、そこから隣の部屋――ケイシュ様の執務室らしき部屋の様子が盗み見できるようになっていた。
 そして、向こう側からはただの鏡に見えるようになっているらしかった。
「君が訪れてくるだなんて、珍しいな」
 突如聞こえてきたその声はケイシュ様のものだった。
 ケイシュ様は小窓からは見えない場所におられるみたい。
 すると、小窓から見える範囲内にある男性の姿が現れた。
(……アラン様)
「まあ、珍しいと言ってしまえば、珍しいよね」
「一体何の用だ」
 ケイシュ様の声色は硬く、冷たかった。
 自分に向けられていないとわかっていても、背筋に冷たいものが走った。
「まあまあ、そう急くこともないじゃないか」
「お前と違って、俺は忙しい」
 アラン様はケイシュ様の言葉を嫌味と取ったのか、敏感に反応し、怒りをあらわにしていた。
「あの女を出せ! ここにいるのはわかっているんだ」
 それに変わり、ケイシュ様は飄々とした声色で余裕のある受け答えをしていた。
「あの女と言われてもな……我が家に仕えている侍女のことか?」
「無駄な言葉の綾取りはいらない。ラティカだよ、ラティカ=モナシス。」
 突如出てきた自分の名前に心臓が飛び上がった。
「……ラティカ嬢が何かしたのか? ここ数日、お前とは会ってないはずだ。それに、お前とはもう何の関係もないはずだが?」
「……お前がそんな態度を示すのなら、こちらにも考えがある。忘れるな、お前の立場を危うく出来る切り札があることを」
 アラン様はそう言い切り、部屋から出て行った。
 私はしばらく、その場所から動けなかった。
(切り札って、どういうことかしら……。ケイシュ様にもしものことがあったら、私……!)


「ラティカ様、ケイシュ様がお呼びです」
 フェルーナがまだ呆然としている私をケイシュ様のもとへと連れて行く。
「ラティカ嬢……」
「ケイシュ様、私、もうここにはいられません……」
 突然の発言にケイシュ様もフェルーナも目を丸くする。
「どうしてだい?」
「だって……ここに私がいるだけでケイシュ様に迷惑がかかってしまう……。それがわかっているのに、どうしてここに留まれましょうか……?」
(本当はここにいたい……。でも、貴方に迷惑をかけるくらいなら、私はあの方のもとへ行きます)
 自分の決意の重さに涙が浮き上がってくる。
 それをグッとこらえ、ケイシュ様を見据えた。
「ラティカ様……」
「ラティカ嬢、俺のことは気にしないでくれ。貴女が本当にしたいと思うことをしてくれて構わないんだ」
 ケイシュ様の暖かい言葉に、せっかくこらえた涙が再び浮き上がってくる。
「……いいえ。もう、決意したのです……。今まで、短い間でしたがお世話になりました」
 浅く頭を下げ、そのまま何も見ないようにして部屋を出た。


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