Double Moon
17.壊れた時計

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 周囲の敵を一掃し、ライの元に駆け寄る。
「婆さん、ライは!?」
 婆さんが任せろ、と言ったときはいつでも大丈夫だった。
 だが、今回はなぜか焦りが拭えなかった。
 ライは青白い顔で横たわっていた。
 その傍らに、それとは対照的な赤で染められたナイフが無雑作に投げ捨てられていた。
「婆さん……?」
「ジュグ、しっかりお聞き」
「ライは、大丈夫なのか?」
「大丈夫だと言えば、大丈夫。しかし、大丈夫でないとも言える」
「ど、どういうことだよ……」
「儂の治癒魔法が効かんのだよ。このお嬢さんのこの世界での命がもうすぐ終わろうとしておる。だが、このお嬢さんはもともとは異世界の住人。ここからは儂の憶測じゃが……あちらの世界へと戻るのじゃろ。もっとも、どういう状態で戻れるのかは、知らんがの」
「な、んだよ、それ……」
 ライの傍に座り込み、ライの頬へと手を伸ばす。
「ライ、よかったな……お前、帰れるぞ……」
 そして、丁寧に髪を梳いてやる。
「お前、あんなに帰りたがってたもんな……」
「それにしても、このお嬢さんが翼有人になるとはの。……いや、天使様、と呼んだ方がいいかもしれんのぉ。ジュグはこのこと、知っておったんじゃな?」
 鋭い眼差しで問い詰めてくる。
「あぁ。昨日だ。草原で夢を見た」
「それに現れた、というわけか……」
 婆さんがそれっきり何かを考え込むように黙り込んでしまった。
「……一体何が働いておる?」
 婆さんはそうつぶやく様に問いかけると、慌てて空中に魔方陣を描いた。
 指の通った跡に光の雫が生まれる。
 魔方陣が完成すると、中から人が浮かび上がった。
「……ムィ!?」
 浮かび上がってきた人物はムィだった。
 しかも、ご丁寧にこちらも羽付きだった。
『やぁ、ジュグ。久しぶりだねぇ』
 魔方陣の中からあの気の抜けた、いつもの声が響いてくる。
 魔方陣が空中にあるもんだから、視線も自然と上向きになる。
「お前、そんなとこでなにやってるんだ……」
「儂がお呼びしたんじゃ」
「どうして……?」
『……この子、力が目覚めたんだね』
 ライを見つめていたムィがおもむろに口を開く。
「ムィ?」
 どういうことだ、と問いかける。
 ムィは俺に向き直り、説明しだした。
『どうやらね、オレたちの世界の人間はこちらの世界では“天使”と称される種族らしいんだ。それで、何かを一心に想い、祈ると力が目覚めるって寸法さ。状況から言って、ジュグの身に何かが起こりそうになって、この子が力に目覚め、刺された、ってとこか』
「……そうじゃ。この子を結界方陣で護っていたとき、ジュグが後ろから刺されそうになったんじゃ。そしたら……」
「後ろにライがいた」
『“天使”にはすべての魔法を無効化する力があるからねぇ。とりあえず、この子の傷を治療しようか』
「儂らの魔法はまったく受け付けてくれない。一体どうすれば……」
『オレの能力が治癒でよかったな』
「ムィの、能力?」
『あぁ、“天使”には魔法無効化の力の他に、個々それぞれ異なった能力が備わるんだ。この子は転移(テレポート)、といったところかな。とりあえず、治癒するから少し離れていてくれないか。色々な説明は後だ』
 俺たちはライから離れる。
 ムィは胸の前で手を交差させ、何かをつぶやくと、手全体に光が溢れはじめた。
 そして、ライの傷口の上で手をかざし、光をライの傷口へと送り込む。
 すると、途端にライの顔色が熱を取り戻した。
『これでよし、と』
 俺の上着を脱ぎ、ライにかける。
「儂らはテントを具現化してくるよ」
 婆さんたちはそう言い、テントの在った場所に向かった。
「さて、聞かせてもらうとしようか。どうして魔法が効かないんだ?」
『それは、俺たちは魔法を無効化するからだよ』
「なら、なぜお前の治癒は効くんだ?」
『これは魔法ではなく能力だから。自己紹介風に言うのなら、特技ってとこだ』
「余計わからん。まぁ、ライが助かったならいい」
『ふぅん』
 ムィが何を言いたそうににやにやしてる。
「言いたいことがあるのなら言え」
 ムィのそんな態度に無愛想な態度になってしまう。
『べっつにぃー。いやぁ、ジュグも男になったんだなぁ』
「どういう意味だ?」
 言葉の真意がわからず、ムィを睨みつける。
 だが、ムィはそれに臆する様子もなく、まだにやにやしている。
『ふふふ、この子のことを愛しちゃってるくせに』
「あ、愛っ!?」
『うわっ気づいてなかったのか』
「そうだぞ、あの子が刺された後、完全にキレて、消し去ったのは誰だよ」
 誰かが後ろから不意に会話に乱入してきた。
「ラヴィス!?」
「よっ」
 ラヴィスは昔のように気さくに声をかけてきた。
「まったく、人が監視用に渡しておいた宝玉も見事に壊しやがって……」
「お前、本部に行ったんじゃ……?」
「あぁ。本部から伝言に来た。“我々はその天使に手は出さない”だとよ。さっきのお前のキレ方を見て、相当恐ろしかったみたいだな。噂になるぞ。天使の敵を消し去る魔剣士って」
 ラヴィスの奴……あっけらかんと言ってくれる。
『オレも残っている惨状からどんなキレ方したのか、大体予測できたが……ジュグを本気で怒らせるのは諦めることにするよ。まぁ、オレには魔法は効かないが』
「それにしても、ラヴィス。お前、いつから?」
「あぁ、最初から」
「……は?」
『なんだ、ジュグは気づいてなかったのか』
 ……こいつら。


「テントの具現化が終わりましたので、ライさまを移動させたいのですが……」
 次期長老の娘がそう話に割り込んできた。
『さて、オレはそろそろ帰らせてもらうよ』
 ムィはそう言い残し、あっという間に消えていった。
「ジュグ、この子を静かに運ぶんだぞ」
 ラヴィスはそう忠告し、ラヴィスもまた、本部へと戻っていった。
 二人を見送った後、俺はライを抱き上げ、テントへと歩き出した。


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