Double Moon
05.異国の響き

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 私は今、『ライ』という名前に変わっている。
 今まで『のぞみ』って呼ばれていたのに、いきなり『ライ』になったって、反応できないのは当たり前。
 でも、そんなこともちっと気遣わないで、反応しなかったら、ジュグがバシバシ頭を叩いてくる。
 ちょっとっ! バカになったら、どうしてくれんのよ!!
「ライ、聞いてるのか? 呼ばれたら逐一で返事しろといってるだろうが。いい加減慣れろ」
 なんて言いながらまたバシリと一発加わる。
「聞いてるのか?」
「痛いわねぇ! さっきから何よ! バシバシバシバシ痛いわねぇ!!」
 今、集合市場みたいなとこに来ている。
 私の旅の道具を揃えてくれるらしい。
 大通りのど真ん中でしかも大声で騒いでるから、通っていく人みんなが私たちをジロジロと見ていく。
「それで? ちゃんと話は聞いていたのか?」
「……ほへ?」
「ほへ、じゃない。ローブを買うからサイズをはどうする、と聞いたんだ」
「ローブ?」
「あぁ、街や村の周りには砂嵐避けの結界が張られているが、その道のりはそういうのが一切ない。そのためのローブだ」
「へぇ……ねぇ、着てみてもいいの?」
「あ? あぁ、もちろんだ」
「ね、どこのお店に入るの?」
 私のあまりにもの態度の急変にジュグが面食らっている。
 ちなみに、ラヴィスはセンター?に私を登録しに行ってる。
 旅をするのに、いるんだって。
 関所とかに通るときに必要らしい……。
「あそこだ」
 ジュグがちょっと路地を入った店を指す。
 ……なんだか、怪しいんですけど。
 私がそんなことを考えながら、突っ立ってると
「ほら、行くぞ。ライ」
「え? あ、うん」
 ……もしかして、わざわざ名前に慣れさせようと呼んでくれている?


「いらっしゃい」
 店の中に入ると、奥の方からしゃがれた声が聞こえた。
「よぉ、ローブを見に来たんだが…この娘に合うものを選んでくれ」
 ジュグがそう言うと、奥から青銀の腰まである髪を無造作に下ろした男の人が出てきた。
「ジュグ、久しぶりだな」
 先ほど聞こえてきたしゃがれた声がまた聞こえてきた。
 聞こえた方をみると、あの男の人しかいない。
 奥にお爺さんでもいるのかな?
「お嬢ちゃん、そんなにびっくりするな」
 今度はすごい美声……いや、エロ声が聞こえてきた。
 聞こえてきた方を辿ってみると、あの男の人がいた。
「ライ、こいつはムィ。変態だ」
「変態とは失礼だな、ただの変なお兄さんじゃないか」
「どっちも変わらないんじゃ……」
 あまりにもの非常識に声が漏れてしまった。
「あっはは、この子、面白いねぇ。なに? ジュグの囲い子?」
「なっ……な、な、な、何を言い出すんだァッ!!」
 ジュグってイジられやすいのかな……?
 それよりも、私のローブは……?
「あぁ、そうだった、悪かったな。お譲ちゃんのローブだっけ?」
「えと、はい」
 どれがいいかなぁ、とか言いながら、ムィさんは奥からゴソゴソと色々なローブを出してきた。
「まずはこれっ。スケスケでイヤァーンなローブ」
 言葉どおり、スッケスケ。ていうか、シースルー。
「却下」
 ジュグが間髪いれずに言う。
 ……漫才コンビ?
「漫才やってるわけじゃないよ。じゃあ、次は……」
 あ、頭の中を読むのですか!? アナタは……。
「普通のにしてくれ。ライ、言い忘れてたが、こいつは読心術の心得がある。むやみに考えるな」
「りょ、了解しました……」
「なんだ、面白くない」
 お、面白くないって何だー!
「ほい、次はこれ。一時代前のローブ。素材はボロボロ。耐久性は低し。でも、すっごく軽い」
 チャキッ
 物騒な音が鳴り響いた。
 ムィさんを見ると、ジュグがムィさんの首にショートソードを突きつけていた。
「真剣に選べ」
「はいはい。まったく、ジュグも冗談がわからないよな、なぁ?」
 いや、なぁ? って振られても……。
 すると、不意に、ムィさんの周りの空気がしぃんと澄んでいった。
「じゃあ、これ。まだ出てない最新のローブ」
 ムィさんが出してきたのは、何の変哲もない良く見かけるローブ。
「おいおい、あまり物騒なものは……」
「最後まで聞く」
 ビシッと音を立てるように、ジュグを指す。
「このローブの素材は出来ている。でも、ローブにする技術はまだ」
「なんでお前がローブにしてんだよ」
「当たり前だろ? オレに出来ないことはないね。……というわけで、これはいかが?」
 そう言いながら、そのまだ出ていない最新のローブを私に手渡してくる。
「おぉ、じゃあ、それを貰う」
「まいどありー! お代はいつものように」
「あぁ、いい酒、だろ?」
「楽しみに待ってるからな。……そのときはお嬢ちゃんはいるかな?」
 ???
「お前……」
「気配でわかるよ、それくらい。ここの人間とカラーが違うからな。それに……オレの故郷のにおいだからな」
 ジュグが息を呑むのがわかる。
 最後のくだり、なんだか、ムィさんがとても懐かしそうに見えた。
 ううん、懐かしそうに目を細めているんだけど、どこか悲しげ?
 ううん、哀しいっていうのが合っているのかな。
 切ない……そう思った。
「お嬢ちゃん、もし、向こうに帰れたらオレの恋人に伝えてくれるか?」
「ムィさんの……恋人?」
「あぁ、ヒロコって言うんだが……ってこんな名前、ありふれてるよな」
「まぁ、そうですよね」
「苗字は、アワタって言うんだが……」
 アワタ、ヒロコ……さん?
「も、もしかして……ショーゴ、さん?」
「どうして、その名を……?」
「従姉、なんです。ヒロコ姉ちゃん、ずっと待ってます。帰ってくるのを」
「……今は?」
「海外を飛び回ってます。ショーゴさんが帰ってくるまでにふたりで住む豪邸建てるんだって」
「……そっかヒロコらしいな。オレも帰る努力、しなくちゃな」
「それよりも、その髪の色は……?」
「染めたのさ。この色に」
 そこまで話したとき、ジュグが咳払いをして、注意を自分に向けさせた。
「お話中のとこ、悪いんだがな、そろそろ行くぞ」
「え、うん」
 返事をする前にジュグは店から出ていた。
 ジュグの後ろに続いてあわてて店を出る。
「いつか、また会おう」
 あの、しゃがれた声ではなく、あの、美声が後ろの方から聞こえた。
 私はローブを着込み、食べ物を見ているジュグのところへ急ぎ足で戻った。


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