Double Moon
04.羽ペン

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 彼女が興奮して言い切り、にらみ合ってもうどれだけ経ったのかわからない。
 冷えていた水も温くなる程度は経っているのは確かだろう。
「……はぁ」
 ラヴィスがわざとらしくため息をつく。
 そんなあからさまにこっちを見てくるな。
 そんな目で見られたって知るか。
「おい、ジュグ」
「……なんだ」
 そう返したが、目とオーラで俺は関係ないと主張する。
「はぁ」
 再びため息をつく。
 この辺が限界か。
 そんなことを考えて、ゴソゴソと麻袋の中をあさる。
 不思議そうに見つめる視線と不審に見つめる視線を無視して、お目当ての丸まった羊皮紙を取り出す。
「それは……」
「ああ」
 ラヴィスはこれから俺がしようと思ってることがわかったのだろう、そう呟いて羽ペンを寄越してきた。
「おい」
 彼女に問いかける。
「なに?」
「名前は?」
「ノゾミ」
 簡潔にそれだけ返ってきた。
「どういう意味だ?」
「希望って言う意味のノゾミ」
「ほぉ…なら、お前は今からライだ。」
「なっ、どうしてよっ!」
 このままコイツを野放しにしておいたら、何がコイツの身に起きるかなんて軽く想像がつく。
 それに夢見も悪い。
 それならば、こちらの住人である手続きをして、手元に置いておいた方が安全だ。
 多少の手間がかかりそうなことだけが難だがな。
 ありがたいことに、ここらの地区は治安が悪いおかげで住民手続きが金で買える。
 ラヴィスがそういった事情をノゾミ、改めライにご丁寧に説明してやっている。
「ここでは本当の名は名乗らない方が安全なんだ」
「どうして?」
「本当の名が他人に渡ったとき、どうなるか知ってる……わけないよな」
「うん」
 ライはまるで当たり前だと言わんばかりに大きく頷いた。
「他人の手に渡ったとき、お前はお前じゃなくなるんだよ」
「どういうこと?」
 ライの言葉にため息をつく俺の隣でラヴィスが説明し始めた。
「この世界には基盤となる精神が名に宿っているんだ。名を知られるということは、心すべてを明け渡すようなことなんだ。その名前で呼ばれると、どんなに心が拒否していようが命じられてしまえば行動を移すほかなくなってしまう」
「だから、知られちゃいけない……?」
「そういうこと」
 ラヴィスは満足げに頷いた。
「これから書く文字をしっかり覚えろ。お前の名前になるんだからな」
 そう言い、ライの注意を手元の羊皮紙に向けながら、俺は書き記されたラヴィスと俺の名前の下にライを書き加えた。


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