ケイシュ様の部屋を出た途端、せき止めていた涙が一気にあふれ出した。
「ケイ……シュさ、ま……」
今の私では他の方法が思いつかなかった。
あの方が自分を飾り立てることに関しては容赦のない方。
嘘の情報を流してでもケイシュ様に何かをするはず。
(そんなこと、絶対に、させない……!)
自室へと戻り、荷物を少しずつまとめることにした。
ガウンや服を一枚一枚、丁寧にたたむ。
それと同時に、ここでの楽しかった想い出が浮かび上がってくる。
つと……。
スカートに涙のしみができる。
「泣いてる場合じゃないでしょ、ラティカ。しっかりしなさい……」
自分自身で叱咤し、荷物をまとめる手を早めた。
気がつくと、もう外は暗やんできていた。
(そろそろマチが向かえに来る頃ね)
まとめた荷物をベッドの下に隠し、マチが来るのを外を眺めながら待った。
「ラティカ様、お食事の時間ですよ」
「今、行くわ」
マチの後を追い、食堂へと向かう。
もう辿らない道のり、料理、雰囲気、すべてに哀しい気持ちが付きまとい、涙をこらえるだけで精一杯だった。
「ラティカ様……」
食事が終わった後、フェルーナが何か言いたげに呼びかけてきた。
「本当に、ここから去られる気なのです、ね?」
「ええ、皆が寝静まった頃に出て行こうかと思ってるの」
「そんな時間に!? それなら今すぐお送りした方が安全だと思いますが?」
「どういう、こと?」
「ケイシュ様より、最後まで見届けろ、と」
「そう……。なら、お言葉に、甘えちゃおうかしら?」
なるだけ涙は見せたくなかった。
虚勢だけの笑顔になっているとわかってはいたけれど、それでも笑っていたかった。
「では、次の鐘の音までに荷物をお持ちになって玄関までいらして下さい」
「……わかったわ」
ベッドの下から荷物を取り出し、準備を整える。
それと同時に、カイミャくんとマチ宛に謝りの手紙を綴った。
もうすぐ、鐘の音が鳴り響く。
(なんだか、シンデレラみたい、ね……)
自嘲気味に心の中でつぶやく。
今までの楽しかった生活がまるで、本当に一時の魔法みたいに感じる。
(でも、決定的に違うことは――)
私には迎えに来てくれる王子様がいない、ってとこかしらね。
玄関にはすでに、フェルーナが待ち構えていた。
「お早かったですね。他の者たちには、急なお出掛けが出来たと申しておきました」
「……ありがとう」
「外に馬車を止めてあります」
フェルーナに先導され、玄関を出て、馬車へと乗り込む。
そのとき、屋敷の中からカイミャくんが出てきた。
「先生! 早く帰って来てね」
「カイミャ、くん……」
「約束だよ!」
カイミャくんの無邪気なその笑顔に心が締め付けられる。
「うん……うん、必ず帰って来るわね!」
言葉の中に希望を織り交ぜ、手を振る。
フェルーナの合図で馬車が動き出す。
大きく、元気に手を振るカイミャくんがどんどんと遠ざかっていく。
「ラティカ様、ケイシュ様よりお手紙をお預かりしております」
フェルーナに差し出された紙束を無言で受け取る。
親愛なるラティカ嬢
最後まで見送りに行けなくてすまない。
きっと行ってしまえば、俺はあなたを閉じ込めて離せなくなってしまうだろうから。だから、この手紙をフェルーナに託すことにした。
初めて会ったときのことを覚えているだろうか。あのとき、風に誘われたといったあなたに一瞬で惹かれた。再び会えないものかと、毎日のようにエデンの園を訪れた。次にあなたに会えたとき、あなたは月に呼ばれたと言った。陽の光の下であなたと会いたいと願った。それも嬉しいことに叶った。次はあなたの隣に居たいと願うようになった。
貪欲なものだな、この感情は。本来なら手紙などで伝えるべきではないことは重々承知している。しかし、伝えさせてくれ。
ラティカ嬢……いや、ラティカ。愛している、きみを。
アランの問題が片付いたら、迎えに行ってもいいだろうか。いや、きみを必ず迎えに行く。ああ、アランさえ居なければ、今すぐにでもきみを迎えに行くのに……。だから、それまで待っていてくれないか。こんなことを言うのは、虫が良すぎると自分でもわかっている。
いつか、再び会えるそのときまで。ここにあなたへの愛を誓う――
ケイシュ=ボスディア
涙が溢れて、止められなかった。
拭っても、拭っても、溢れてくる涙。
「フェルー、ナ……私は、待っていても、いいのでしょうか……?」
涙で途切れ途切れになる言葉。
「もちろんです。ケイシュ様もそれを望んでおいでです」
「私、待ってます……。ケイシュ様が迎えに来てくださるその日まで……」
そのまま馬車に揺られ、ロザンヌの住んでいるアパートまで送ってもらった。
(いつでも来ていいって言ってたから、いいよね……?)
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