玄関ホールでガリウラに23インチ×20インチほどの大きさの地図を貰った。
「これは?」
「この本館、レッドローズ館の地図です」
「本館だけの?」
「はい。ラティカ様がお住まいになるホワイトローズ館の地図は後ほどお渡し致します」
「わかりました」
「この他にも、玄関より右手側になるのがイエローローズ館です」
「そちらは?」
「そちらはお客様専用の棟になっているので、ご案内は又の機会に」
「わかりました」
(こんなに広い建物が3つ……覚えきれるかしら?)
「さて、カイミャ様のテリトリーと申しましょうか……」
「テリトリー、ですか?」
「はい、カイミャ様のことはロビウスから聞いているかと存じますが」
「はい、お母様を亡くされて人に心を開かなくなった――と」
「はい。ですので、信用した人間しか周囲においていない方なのです。なので、根気がございませんと続きません。……出来ますか?」
ガリウラは真摯を抱いた瞳で問いかけてきた。
私は少し考え、ガリウラの目を見て、応えた。
「出来ます、とは断言は出来ません。でも、頑張ります」
その言葉にガリウラは満足したのか、再び笑顔に戻った。
「では、早速ご案内します」
「はい」
(どうしてこのお屋敷はこんなに広いのかしら。しかも、部屋数も並大抵ではないし)
今、私たちは再び玄関ホール。
「私も慣れないうちは辛かったですから安心なさってください。では、お部屋までお送りします」
「ありがとうございます」
(本当にこのお屋敷、見た目だけでなくて中がものすごい広いわ。本館の一部だけを回っただけでなのに、くたくたになっちゃった……)
ガリウラはそんな私の様子を見てか、端の方に鎮座しているテレフォンをかけ、何か言っていた。
戻ってくると、再び笑顔で促した。
「さて、お部屋に戻りましょうか。そろそろアフタヌーンティーの時間ですし」
その言葉になにかピンと来るものがあり、私の気分は再び浮上を始めた。
お部屋に着くと、一人の若い女性がいた。
その女性はこちらに気がつくと慌ててお辞儀をし、自己紹介をしてくれた。
「お初にお目にかかります! マチと申します」
「ラティカ=モナシスです。よろしくどうぞ」
私はマチの自己紹介に返すようスカートを端を軽くつまんで長年の叩き込まれたお辞儀をした。
マチは私のその様子に慌てたように近寄ってきて一気に言った。
「そ、そんなッ! ラティカ様がお辞儀なさってはいけませんッ! も、申し遅れました。わ、私はこの度、ラティカ様専属のメードをさせていただきます!」
「よろしくね、マチ」
「はいっ! ラティカ様」
後ろでガリウラがクスクスと面白そうに笑っていた。
「どうかしました?」
「いえ。それでは、私は他の仕事がございますので」
「はい、案内ありがとうございました」
「どういたしまして。では、これをどうぞ」
ガリウラは先ほど貰った本館地図と比べれば2周りほど小さい地図をくれた。
「これ、もしかして……」
「ええ、このホワイトローズ館の地図です」
「……頑張って覚えますね」
「本館の方も覚えて下さると嬉しいです」
ガリウラは強迫に似た言葉を残して、笑顔で去っていった。
「ラティカ様、アフタヌーンティーを御用意致しました」
見てみると部屋の中央にある小柄なテーブルの上にアフタヌーンティーとスコーンが乗っていた。
「まぁ、ありがとう」
「いいえ、ラティカ様のためですもの」
マチがちょっと照れながら笑う。
そのアフタヌーンティーセットを見ていてある考えが浮かんだ。
「……ねぇ、マチもいかが?」
「え、えーッ!?」
「私だけで食べるなんてもったいないわ! ね、そうしましょ!」
私は驚くマチの手を掴み、お願いした。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 私、メードですよ?」
「ええ、それがどうしたって言うの?」
「ラティカ様って……本当にモナシス家の方ですか?」
私はもちろん と言いながら、頷いた。
マチは信じられない と、こぼしていた。
「残念ながら、正真正銘のモナシス家のラティカよ」
「でも、モナシス家って伝統と格式を重んじるって……」
「ええ、父が特にね。だから、出てきたのよ」
「出てきたって……そんなッ!」
「でなければ、ここにいるの、おかしいでしょう?」
「お探しになられているのでは……?」
「さぁ、ね」
曖昧な笑みをこぼす。
「と、とりあえず。アフタヌーンティーでも頂きましょう!」
「そうね。じゃあ、マチのカップを貰ってこなきゃね」
丁度そのとき、グッドタイミングでドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
即座にそう返すと、ドアが開き、品のいい中年の女性が立っていた。
その女性は、マチにどことなく雰囲気が似ていた。
その女性は部屋の中に入り、ドアを閉めた。
「お初にお目にかかります。エレン=マクアドと申します。この屋敷の侍女長を任されております」
「あら、初めまして。ミセス.マクアド」
私は先ほどと同じようにスカートの端を軽くつまんでお辞儀をした。
ミセス.マクアドは私の様子に軽く感嘆し、話はじめた。
「やはりモナシス家の方ですね。優雅なお辞儀をなさいます」
「お褒めに預かり、光栄です」
「マチはしっかりやっているでしょうか?」
「ええ、いいお話し相手になりそうですわ」
「ラティカ様! 私は話し相手ではなくっ……!」
「マチ、ラティカ様がそうおっしゃってくださっているのよ。ご好意に甘えてはどう?」
「でも……」
「あの、もしかして、お2人はご血縁か何かかしら……?」
「そうなんです! 伯母さんは私の母の姉なんです!」
「……と、いうことは。やっぱり、血縁の関係なのね!」
マチときゃいきゃい騒いでいると、ミセスはなにやら感慨深げに呟いた。
「今度の方は長続きしそうですね」
「長続き、ですか?」
「ええ、カイミャ様のことは……?」
「はい、聞きました」
「根は優しい坊ちゃまなのですが、その……」
「心を開かないと聞いておりますが?」
「ま、まぁそれもそうなのですが……」
「他にも何か?」
もしかして、愛情に飢えてらっしゃるとか?
「来て下さる方に辛らつなことをなさって追い出したりなさるのです。」
ミセスはふぅと、ため息を漏らした。
「まぁ、それは」
「それがまた、とんでもないもので……」
「とんでもない?」
「ええ、ある方がカエルが嫌いだとおっしゃられたらベッドの中にカエルを仕込んだり、ガウンの上にカエルがたくさんと乗っていたりと……」
「まぁ」
「あら、思わず長居をしてしまいましたね」
ミセスが時計を見、下がろうとした。
「ミセス、マチの分のカップを下さらないかしら?」
「了解しました」
それからミセスは失礼します と、部屋から出て行った。
「ラティカ様、ほんっとうに頑張ってくださいね!」
「もちろん、精一杯頑張らせていただくわ」
程なく、ミセスがマチの分のカップを持ってきて、私たちのアフタヌーンティーが始まった。
「さて、アフタヌーンティーとしましょうか」
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