夢屋
連なる鎖

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 どこかに存在する夢屋。
 そこは夢を見つけるところ。
 そこは夢と見つめなおすところ。
 そして、夢をおもい出すところ。
 そこへ訪れるは、夢を見失い、彷徨う者。
 そして、極稀に、異世界からの住人も――。


「ここ、だね――」
 奇抜な格好をした女性が夢屋の前にたどり着いた。
 それは色とりどりの布を数種類、巻きつけたような服だった。
 巻きつけた布も布で、金糸で模様があり、橙やら桃やら紅やら……とにかく派手で、明るかった。
「レンリン、いるかい?」
 その女性は声を掛けつつ、扉を大きく開けた。
「おや、リスティ。いらっしゃい」
 いきなりの来訪者に夢屋主人である李 蓮琳(りれんりん)は笑顔で彼女を出迎えた。
「今日はまたどうして?」
「ちょいとスーの様子を見に来がてらお茶を飲みに、ね」
 彼女の無遠慮であるが、愛嬌のある様子に蓮琳は笑みをこぼす。
「では、翠(すい)にお茶を淹れてこさせましょう」
 蓮琳は内線で翠に連絡し、3人分お茶を淹れて来るように伝えた。
「それで、スーの活躍ぶりはどうだい?」
 ニヤリと口の端を上げ、楽しそうに首をかしげる。
「そうですねえ、頑張ってくれてますよ」
 蓮琳の問いに彼女はほお、と満足げに頷いた。
 丁度そのとき、翠が3人分のお茶をと茶菓子を盆に乗せて店内に出てきた。
「スー、頑張っているみたいだねえ」
 彼女は出てきた翠にねぎらうように声を掛けた。
 が、翠は瞳を見開き、口はあんぐりと開け、固まっていた。
 その様子に蓮琳は翠の手から盆を取り、テーブルにそれぞれを並べた。
「な……」
 固まっていた翠がようやく言葉を発した。
「な?」
 彼女は翠の言葉を反すうし、首をかしげる。
「なんで店長さんがここにいるんだよッ!? 店は一体どうしたんだよ! てか、ムフィさんはここにいること知っているのかッ!?」
 翠は一気に言い切り、荒く呼吸していた。
 それに変えて、彼女――占い館『あす☆とろじぃ』店長、リストロ=ダファは飄々と言いのけた。
「どうしてここにいるかは、スーの様子を見に来たんだよ。店はいつものようにムフィがしっかりと管理してくれているから大丈夫。それに、ワタシがここにいることをムフィが知っているのなら、すぐに連れ帰されているよ。まあ、そろそろバレることだとは思うがね」
「マジかよ……」
 翠は頭を抱える。
「まあまあ、翠もそんなに考え込まずに。それに、リスティもあまり開き直らないように。さ、お茶を飲みましょう?」
 蓮琳は翠の肩を抱き、リストロが座っている隣へと座らせた。
「そうだよ、スー。早く落ち着かないと、迎えが来ちゃうからね。こうしてゆっくり話すことも、またしばらくできそうにないからね」
 リストロの愁いを帯びた言葉に翠は無言でテーブルに置かれたカップを手に取った。
 リストロはその様子に満足げに笑みをこぼした。


「店長ー!!」
 ものすごい勢いでひとりの女性が入ってきた。
 彼女は紺を基調した服装で、スリットの入ったロングスカートをはいていた。
「ムフィさん、いらっしゃい」
 蓮琳はゆったりとした口調で彼女を迎える。
「おや、ムフィじゃないか。遅かったねえ」
 リストロも同じく。
「お……遅かったねぇ、じゃなあいっ! 私がどれだけ大変だったかッ!!」
「まあまあ、落ち着きなさいよ」
「お、落ち着いてられるかあー!!」
 リストロは翠におかわり、とカップを差し出した。
「あ、ムフィさんも飲みます?」
 リストロからカップを受け取った翠に彼女――占い館『あす☆とろじぃ』タロット占者、ダスカ=ムフィはどうしようかと、眉を寄せ、しぶしぶと頷いた。
 ダスカの反応を見て、翠はスタタとキッチンへと向かった。


「――で?」
「ああ。店が、じゃなくて街が大変なことになってるわよ」
「大変とは?」
「まず、店長がいなくなったから結界の効力が薄れたわ。そして、そこに目をつけた街付近に潜伏しているゴブリンやらが強行突破しかけにきたのよ」
 そこまで一気に話すと、丁度いいタイミングで翠がお茶を運んできた。
 ダスカは翠からカップを受け取り、それをぐいっと一飲みした。
「さあ、店長。帰りましょう」
「そうだね。スーの活躍も聞けたし。何より、スーとじっくり話が出来たからねえ」
 リストロはそういうと、立ち上がり、ダスカの肩に手を置いた。
 ダスカは肩にリストロの手の質感を感じ、呪文を唱え始める。
 ゆっくりと足元から風が舞い上がる。
「時間もないみたいだし、ちゃんとした帰り方じゃなくてごめんよ、蓮琳」
「いいえ、またいつでもいらしてくださいよ」
「それはこっちのセリフだよ。ワタシばかりがそっちに行くのもムフィがいい顔をしないからね。今度はふたりでこっちへおいで」
「店長さん、サボっちゃだめですよ!」
 翠がそう叫ぶ頃には、ダスカとリストロを中心としてものすごい風が吹き上がっていた。
 目が開けられないほどの風が一気に吹き、ふたりの姿はそれと共に消えていた。
「帰っちゃいましたね。さあ、片付けをしましょうか」
「ああ。次は一体どんな客が来るんだろうな」


 あなたも是非、夢屋へいらっしゃいませ――。


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