夢屋
KAGUYA in YUMEYA
― EVOLUTIONARY EVE Ver. ―

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 今日は、私がまだ兄さんの所へ来てそう日が浅くない時期に体験した、とても不思議で、とても印象深かったことを書こうかと思う。
 どうして書こうかと思ったのだろうか。
 それはきっと――――『夢』を感じる事が出来るようになったからだと思う。


 私は目的もなく新東京の街中を歩いていた。
 この地区は、基本的には日本の下町を思わせる造りになっている。
 日本人や日本好き言わせるとこの雰囲気が良いらしいけど、悪く言えば雑多なのだろう。
 しかし、今の私にとってはそんな事はどうでも良かった。
 悩みというべきなのか。
 兎に角、そういった部類に該当するものが、私の頭(メモリ)の中を占めている。
 以前の私ならば、このような事はなかっただろうに。

「……? こんな所に店なんてあったかしら」

 私の記憶メモリーを検索するが、該当データはなく『UNKNOWN <不明>』の文字。
 衛星データリンクでGPSを使ってみるが、何故か衛星への接続エラーで使えない。
 仕方なく衛星からのデータ収集を諦めて、その店を自分のメモリーに書き込むべく観察する。

「ゆめや――――?」

 店の入り口には、『夢屋』という文字が書かれた暖簾がかけられていた。
 暖簾でありながらも、その文字の精緻にして豪気な筆遣いは、まるで熟練の職人がしたためたかの様だった。

「どうですか、中でお茶でも。勿論、商売目的じゃありませんよ?」

 突然、暖簾越しに一人の男性が声に伴って顔を出した。
 長身を作業衣で包み、その上に存在する整った貌には、幽玄さ漂う穏やかな笑み。
 その笑みに、私は微かな安息感を感じて半ば反射的に「はい」と言ってしまっていた。




「紅茶で大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です」

 店の中は純和風の内装だった。丈夫そうな木をふんだんに使っており、素人目にも凝った趣味なのだと分かる。
 下町という時代モノの空間内にあって、尚も歴史を感じさせる造りと言えるのではないだろうか。
 こういうのを多分『レトロ』と言うのだろう。
 雰囲気というモノを数値的に説明できないものの、私は何とも言えぬ不思議な気分に陥っていた。
 自然と顔が微笑を浮かべてしまう。これが、『楽しい』とか『嬉しい』という感情なのだろうか。

「どうぞ」

 コトリ、と眼前に置かれた白磁の陶杯。中に浮かぶ琥珀色の紅茶が上質な香りを漂わせる。
 陶杯を口に付けて静かに一口啜ると、口腔に広がる芳醇な茶葉の香りと、本当の紅茶のみが持つ甘さとほんの僅かな渋み。

「アッサムですか?」

 私の言葉に、蓮琳と名乗った店主は向かいの席で陶杯を片手に嬉しそうな笑みを浮かべる。

「はい。分かる方は久し振りですね。紅茶がお好きでいらっしゃるのですか?」

「……好きとかいう感情は、よく分かりません」

 陶杯を受皿に戻して私は小さく溜息を漏らす。
 それを見て、店主――蓮琳さんは穏やかな笑みを浮かべた。

「何か……悩み事がおありでいらっしゃいますか?」

 何故だろうか。
 その言葉の持つ響きと、蓮琳さんの笑みに私は知らぬ間に惹かれている様な気がした。

「話してください。私でよければ、お聞きしますので」

 私は、今まで自分という中に溜まっていた感情が、そとへ出ようとしているのを感じた。

「私は――――人間ではありません。厳密に言えばサイボーグなのでしょうか」

 簡略ながらも、私は私が生まれた経緯、『月燐計画』について話す。
 これは、日本の重要国家機密に位置付けられているが、目の前にいる蓮琳さんには無縁の話だろう。
 そう思えたから、私も話す気になったのだ。

「そんな私にも、出来る事なら傍に寄り添っていたい人が出来たんです」

 そこで、私は一旦言葉を切る。
 迸る感情は止まるところを知らないけれど、何とか感情を落ち着けて、再び言葉を紡ぐ。

「ですが、私は人間ではありません。それが、どうしようもなく辛いんです。『彼』と同じようになろうとしました。ですが、その事実が私を苛むのです」

 すっと、差し出されるハンカチ。
 それを見て初めて、私は自分の頬を伝う涙の感触に気付いた。

「失礼ですが、香具夜さんはこだわりすぎなのではないでしょうか」

 蓮琳さんの言葉に、涙を拭っていた私は顔を上げる。
 そこには、全てを理解してくれたような慈父の笑み。

「たとえあなたの身体の造りなどが、人間という生体から外れていたとしても、香具夜さんは、喜ぶことも、笑うことも、悩むことも、泣くことも出来るじゃないですか。これを人間でなく何と言うのでしょう。あなたはとても純粋です。だから、余計に悩んでしまうのでしょう。ですが、それは考えすぎなんじゃないでしょうか」

 幼子を落ち着かせるように、蓮琳さんはゆっくりと話を続ける。
 まるで、頭を撫でられているような安心感を得る。

「香具夜さんの夢は、『“人間”になりたい』ではなく、『その人の傍に寄り添いたい』。これではないのでしょうか? あなたは夢を持っていらっしゃる」

「私の、『夢』――――」

「そうです。ですから、その『夢』を大切にしてあげてください。香具夜さんみたいに、純粋な夢を持てる人は、あまり――――いないですから」

 言葉とは裏腹に、後半部を語る蓮琳さんの口調は何処か寂しげだった。
 その笑みが、何だかとてもいたたまれなく、見ていられなくなって。

「大事にします、絶対に」

 そう、これがきっと運命というモノなのだろう。
 数値では、確率では計れない、何かの悪戯がはたらいたかのような。
 でも、私はこの運命に感謝したい。
 だから、続きの言葉も言おうと思う。

「そして、ありがとうございました」と笑顔で――――。


後書きにしてやっぱり言い訳。
コレが公開されないことは知っていつつも、やっぱり前回同様のスタイルにしたい自分です。
本当は、コレを一番最初に進呈しようと思ったんですよ。
ゆうさんの代表小説といえば、やはり『夢屋』ですからね。
ついでに、贔屓して頂いている香具夜を出してコラボが良いかなぁ〜、と。
でも、自分ごときがそんな恐れ多い真似は出来ないと、さっさと封印してしまいました。
しかし、勇猛果敢な月乃さんがやっているのを見て、水面下からゆうさんにアプローチ。
そして、ゆっくりと書きつつも急ピッチで仕上げるという荒業に。
一応、脳内では軽く書いていたので。
ですから、雰囲気もクソもねぇよ、とかいうお叱りは覚悟の上で贈らせて頂きます。
香具夜は昔の話しなので、ちょっと非人間的にしてみました。
「こんなの香具夜じゃない!!」とか言われると、痛いですけど。
最後のは、やっぱりネットの片隅で干乾びていた自分に水を与えてくれたゆうさんにお礼が言いたいので、月乃さんと被っちゃってるけど慣行しました。
いざという時は、切腹も辞さない決意であります。まぁ、介錯はゆうさんにお願いしますが。

text by 草薙 刃

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