夢屋
飛翔
― ごみ溜めの中のダイヤ Ver. ―

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『あなたは夢を見失っていませんか?』


 なんだか、嫌にはっきりとした空耳だった。あまりにもはっきりとし過ぎていて、もしかして目の前のなんだか怪しい店から聞こえてきたんじゃないかとすら錯覚してしまう。暖簾にはたった2文字。
「ゆめ・・・や?」
 『夢屋』と書かれていても、何の店だか解らない。・・・ってか、早くいつものスーパーで4個200円の特売のカップラーメンを、何度も並んで何度も買わない
と間に合わなくなる!
「お客さん。ちょっと寄って行きませんか?・・・ああ、もちろんお金はいただきませんし、お茶もお出しいたします。少し、この暇人とお話してみませんか?」
 突然その暖簾の中から、穏やかな笑顔の作務衣を着た男が現れた。
 が、そんな笑顔をされても、こっちは早く特売品を買いに行かないと、あいつらに何を言われるか解らない。第一、この世は『タダより高い物は無い』という心理が渦巻いている。・・・一般人は騙せても、この貧乏フリーター・豪傑寺大和は騙されない!
「いらっしゃいませ。ようこそ『夢屋』へ」
 と、思いつつも敷居を跨いでしまったのは、この男の笑顔の力かもしれない。まるで人の心を見透かすような、湖面にも似た瞳が、僕の思考を遮断した。


「蓮琳・・・さん。ずいぶん、かわったお名前ですね」
「それはお互い様ですよ、豪傑寺大和さん。立派なお名前ですね」
「す・・・すみません」
 ちょっと失礼な事を言ってしまったかもしれないと思ったけれど、蓮琳さんの笑顔は微塵も崩れることはなかった。
「お互い、大切にしましょう。世界でたった一つの自分の『名前』なんですから」
「は・・・はぁ」
 恐縮しながら、僕は居たたまれなくなって、目の前の湯飲み茶碗を手に取った。
 心地よい香り、渋みの無い口当たり、さらりとした喉越し。・・・良いお茶だ。柏木さんが喜びそう。
「名前もさることながら、もう一つ大切なものがあります。豪傑寺さん」
「は・・・はい」
「豪傑寺さん、あなたは夢ってお持ちですか?」
 ・・・ん?突然何言い出すんだ?
「夢・・・ですか。・・・ありませんね。いや、解りませんねって言った方がいいのかな」
 どうせ2度と会わないような人だ。正直に答える義理もない。と、思ったけれど、同時に、そうすることは酷く失礼であるようにも思えた。それは目の前の笑顔にも、そして僕自身にも。
 そんな思いにさせるのは、なんだか不思議な空気に満ちたこの純和風の内装のせいか。はたまた、彼のせいか。
「あなたは、なかなか正直ですね」
「はあ・・・情け無いですよね」
 正直に答えたせいで、なんだかひどく惨めだった。今、僕は男4人で共同生活をしている訳なのだが、その中で僕だけが『夢』というものを持っていない。自分の『未来』に期待出来ていない。
「そんなことはありませんよ」
 蓮琳さんの声が、なんだか一層優しくなった気がした。
「夢を持つことは素晴らしいことです。そして、夢を持っていないということは、いずれ夢を持つということです。豪傑寺さんも、小さい時に学校の文集に『○○になりたい』って書いたでしょう?」
「そうですね・・・書きました」
 なんだっけ?確か、消防士になりたいって書いた気がするな。今となっては、まったく興味はないけれど・・・。
「あなたには、いつかまたそんな日が来ますよ。胸をはって『○○になりたい』『○○をしたい』と言える日がね」
「そうでしょうか?」
 とてもそうは思えない。こんな貧乏フリーターがそんな自信満々な主張が出来るようになるとは思えない。
「はい。あなたが、一つだけ今から私が言う事を守って下さればね」
「な・・・なんでしょう?」
「自分で、自分に期待をしてあげてください。あなたの今の立場とか、これまでに犯してきた罪とか失敗とか、そういうものをひっくるめて、それでも、あなただけは、あなたに期待してあげてください」
「自分に・・・期待?」
「そうです。自分を信じてあげられなければ、『夢』は死んでしまいますから・・・」
 なんだか、簡単なようでずいぶんと難しい話だ。僕なんて、自分に自信が無い男・世界代表みたいな存在だし。
「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。迷うことは、見失うことは、『翔ぶ』ための準備期間なんですから」
 僕の未来は不安に満ち溢れていて、僕の過去は後悔に満ち溢れていて。
 それでも、こんな僕でも翔べるのだろうか?
 それなら、蓮琳さんの言葉通り、少しずつでも自分に期待出来たらいいな。
 叶えたい夢も、主張したい夢もないけれど、いつか一生付き合っていける僕の『夢』よ出会えたらいいな。
「蓮琳さん」
「なんでしょう?」
 お金はいらないと言ってた。だから、お礼はもちろん決まってる。最高の感謝を込めて。
「ありがとうございます!」


『あなたは夢を見失ってはいませんか?』


後書き。
夢屋、好きです。失礼を恐れずにいうなら、単純明快な各話の中に込められたメッセージ性が、単純明快だからこそ浮き彫りになる。
夢を追う、って行為は単純で、とても難しい。だから、蓮琳さんの笑顔は優しい。
私も夢を追っているから、この話にはとても共感出来ました。好きになりました。
そこで今回、ずうずうしくも私の小説「ごみ溜めの中のダイヤ」主人公・豪傑寺大和を、「夢屋」に中に登場させ、ほんの一瞬の競演をさせてしまいました。


一期一会のこの世界ですが、最後の大和の一言は、私がゆうさんに一番言いたい一言です。
ゆうさんにつけていただいた私の小説のタイトルの通り、いつかお互い飛翔できる日がくるといいですよね!

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