夢屋
真冬の春

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 雪がちらつく師走時。
 世間はクリスマス一色でハイテンション。
 でも、あたしは真逆にロウテンション。
 花のお年頃であるあたしは、実は今まで彼氏という存在がいたことがない。
 去年は仲の良い友達で集まってちょっとしたパーティーをした。
 もちろん、今年もその予定だと思っていた。
 奴らに彼氏という存在が出来るまで……。
「クリスマスが何だって言うの……よっ!」
 足元に転がっていた空き缶を思い切り蹴り上げた。
「痛っ」
 あたしが思い切り蹴り上げた空き缶は見事、前から歩いてきた男の人の右太ももに命中した。
「誰だ、コラァ!」
 その男の人は当たった箇所をさすりながら怒鳴り散らした。
(やば……!)
 思わず身をすくめ、その場をやり過ごそうと思ったら、ばっちりその男の人と目が合ってしまった。
「お前か……」
 静かに凄まれた。
 しかもよく見たら、恐そうな雰囲気と同じく顔も結構強面。
「う。ご、ごめんなさいっ! ちょっとムシャクシャシしちゃっててちょうど足元にあった空き缶を蹴ってしまいましたッ!」
 謝辞と言い訳を息継ぎもせず、ひと言で口走りながら、勢いよく頭を下げた。
 しばらく耳が痛くなるほどの沈黙が起こった。
「……ぷっ」
 想像外の噴出した声に恐る恐る顔を上げてみると、その男の人は可笑しそうにおなかを抱えてまで笑いを堪えていた。
「な、笑うなんてひどいじゃないですかー!」
「おいおい、そんな口がきける身分か? ぷくく……」
 笑いをかみ殺しながらも鋭く切り返してきた。
 あたしはおかげでぐうの音も出なかった。
「ま。でも、笑うのはさすがに失礼だったな。お前の言い訳があまりにも、こ気味よかったんでな」
 そう答えながら、伏せがちだった顔を上げたその人。
 さっきの強面とは大違いな爽やかな笑顔。
 久々の春があたしにやって来たのです!


「……というわけなんですよ」
 あたしは今、密かに常連になりつつある夢屋さんへと来ている。
 そして、いつものように悩み事をここのお店の大将である蓮琳さんに聴いてもらっていた。
 蓮琳さんはいつものように作務衣を身に着け、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「それで? 香奈未さんはどう思ってるのですか?」
 やはりいつものようにあたしの気持ちの整理に付き合ってくれる蓮琳さん。
「えぇーっとですねぇ。寝ても覚めてもその人のことが頭に離れなくて……」
「でも、それが居心地良かったりするのでしょう?」
「そうなのよぉ! でも、出会いが最悪じゃないですか。上手くいくかなぁ……」
「どうするかは香奈未さんの頑張り次第でしょう? 何も行動を起こしていないのに、今から結果の心配をしてどうするのですか」
 蓮琳さんのストレートな言葉が胸にグサリと刺さる。
「で、でも! もしダメだったら……?」
「それはそのときです。自身が傷つくのを恐れ、何もしなければ今と変わらないのです。さて、香奈未さんはどうしたいのですか?」
 すでにあたしの心は決まっている。
「ひとまず、今年のクリスマスを一緒に過ごしたいですっ! ってことで、行ってきます!」
 あたしは勢いよく夢屋から飛び出した……はずだった。
 飛び出したところで誰かに思い切りぶつかってしまった。
「またお前か。鉄砲玉みたいなやつだな」
 頭上から今一番聞きたかった声が降ってくる。
 思い切りぶつけた鼻をさすりながら恐る恐る顔を上げてみる。
 やっぱりあの人だ……
 偶然過ぎる偶然と嬉しさのあまり涙がこみ上げてきた。
「お、おい!? そんなに痛かったか!?」
 慌てるあの人。
 なんだかこの前と逆だな、なんて思ったら笑いがこみ上げてきた。
「さっきまで泣きそうだったのに、今は笑うのか?」
 呆れたような声色。
 そのすべてが今は愛しい。
「だって、この前とそっくり……」
 唯違うのは、あたしたちはすでに出会っている、ということ。
 こぶしを握り締め、自分に勇気を与える。
「あの! お願いがあるんで」
 突然手の平で口をふさがれた。
「あぁーっと、ちょっと先に言わせてくれ。クリスマスは空いてるか?」
 あたしはその言葉に言葉もなく、ただ、頷くだけで精一杯だった。
 そして、このときに見せたあの人の安堵の笑顔、きっと一生忘れないと思う。
 後ろを振り返り、夢屋を仰ぎ見る。
 でも、そこにはいつものように、夢屋の姿はなかった。
 次は何処で出会えるのだろう。
 夢を与える不思議なお店――夢屋。


『あなたは夢を見失っていませんか?』


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