夢屋
幸福 -side A-

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 そこへはどうやってたどり着いたかわからない。
 でも、確かにそこに在ったんだ……。
 俺の大切なものを取り戻してくれた夢屋は確かにそこに在ったんだ――




『あなたは夢を見失っていませんか?』
 いきなり声を掛けられた。
「は?」
 返事をしたはいいけれど、肝心の声の主が見当たらない。俺は周囲をくるりと見渡すと、ある店の暖簾が目に入った。足が自然とその店へと向き、店の前でぴたりと止まる。
「夢屋?」
 店名や和をイメージする建物からは何を扱っているのか想像すらできない。でも、何故か自分を手招いているような気がするのは、自暴自棄になりすぎたのだろうか。ええいままよ、と俺はその店の引き戸へと手を掛けた。


「いらっしゃいませ」
 この店の主人と見受けられる作務衣を着た青年が柔らかく迎えてくれた。歳の頃合は三十に足が届くか届かないかくらいだろうか。店内は和で統一されたカフェの模様。
 その割には、客が全然入っていないのはどうしてだ?
「失礼ですが、こちらは何を?」
「表向きは和風カフェですよ。でも、当店へ来店されるお客様の多くが何か人に言えない悩みをお持ちであったり、夢を見失われた方だったりするのです。……私の考えが間違いなければ、あなたもそうですね?」
「そ、そんなまさか!」
 すかさず否定をしてみるも、心の奥底からではないのはどうしてだろう。
「でも、お顔はそうだとおっしゃってますよ?」
 思わず絶句。にこやかな笑顔をたたえた主人は、ひとまず何か飲みませんか、と提案してきた。


「どうぞ」
 ことん、と主人――もとい、蓮琳さんがテーブルにコーヒーが注がれたカップを置いた。
「あ、どうも」
 置かれたカップには口をつけず、蓮琳さんの方へ向き、気になっている事を質問する。
「ところでさっき言ってたのはどういう……?」
「あなたも夢を見失っている、ということです」
「それはどうやって知るのですか?」
 蓮琳さんは声を潜め、まるで内緒話をしているかのように話してきた。
「実はですね、この店はそういう方にしか見つけられないのですよ」
 今度は唖然。自分が見つけてしまったからには、ありえない、と一笑に付くことも出来ず、呆然とコーヒーへと口をつけた。
「あ、おいし……」
 一口含んだだけでわかる、旨いコーヒー。
「ありがとうございます」
 蓮琳さんは謙遜をするわけでなく、自慢するわけでもなく、ただ、お礼を述べた。
「久しぶりに旨いコーヒーが飲めましたよ!」
 興奮のあまり、饒舌になる俺。
「それはよかったです」
 一方、蓮琳さんは暖かい笑顔。
「やっぱり、俺にも悩み、があるんでしょうか……」
 ポツリと口から飛び出た言葉。
「悩み、というよりもしや、何か足りないのではないですか?」
 蓮琳さんの言葉がすとん、と腹に落ちた。
 それから俺は過去を思い出すように、蓮琳さんに話していた。 


「確かこの辺りのはずなのですが……」
 蓮琳さんはあたりの景色を一巡し、何かを探している。
 忘れられない女がいる、気付いたら俺の半身でもある女だった、今更迎えになんか行けない――と半ば自嘲気味に話したら、蓮琳さんは迎えに行きましょう、と立ち上がり俺を引き連れ、今に至る。
「――ところで、きみの夢は?」
 突如ゆりの声が聞こえた。俺たちは息を潜めてベンチ後ろにある樹に身を隠す。
「お姉さんみたいな夢を見失ってる人を手助けすること。今、修行中なんだ」
「そう、なんだ。一人前になれると、いいね」
「お姉さん、このままでいいの?」
「……いいの。よくないけど」
 翠くんがため息を一つ吐く。と同時に、こちらに目配せし、何か合図を送ってきた。
 あいつのその強情なとこ、変わってないな……。
「……最後に聞くけど、その人のこと、まだ好き?」
「……うん」
 聞きたかった言葉は、案外すっきりと通っていった。逆にあっけないくらいだ。
「だそうですよ」
 これでもか、というタイミングで蓮琳さんは俺を見て、笑いかける。それを勇気にあいつに呼びかける。
「ゆり……」
 ゆりは名前を呼ばれて身体が飛び上がった。ここに俺が来ることはまったく予想してなかったらしい。
「お姉さん、呼んでるよ?」
 翠くんがゆりに呼びかける。
「ゆ、夢かもしれないじゃない?」
 ゆりの一言に呆れてしまった。
 お前、この期に及んで夢かもとか言うなよ……。
「お前、人が呼んでるのにそんなこと言うのか?」
「だ、だって! ここで現れるなんて思わないじゃない!」
 ゆりは意地を張ってなのか、なかなか振り向かない。そんなゆりに代わって、翠くんが無理やり振り向かせる。
「……やっと、顔、見れた」
 ベンチ越しに抱きしめる。数年ぶりのゆりのぬくもり。
 やっと、お前を捕まえた……。
「……本当はね」
「ん?」
「ずっと待ってた。いつかあさとが迎えに来てくれるって」


「蓮琳さん、ありがとうございましたっ! おかげで大切な奴を取り戻せました!」
 感謝を精一杯込めて、蓮琳さんに頭を下げる。隣ではゆりがきょとん、としてる。
「えぇ、これからも大事にしてあげてくださいね」
 蓮琳さんが微笑む。
「また夢を見失ったときは夢屋へお越しください」
 蓮琳さんに続き、翠くんも微笑む。


『あなたは夢を見失っていませんか?』


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