夢屋
階段

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『あなたは夢を見失っていませんか?』


「何? その変なキャッチコピー……」
 親友が携帯カメラで撮った変な看板の画像を見せてくる。
「コレ? 面白くない?」
「面白い面白くない以前に、あやしくない?」
 画像にかろうじて読める程度に表示された文字を読み返す。
「夢を見失っていませんか、って……新手の風俗みたいじゃん?」
「あー、確かに言えてるかもー」
 親友は納得し、携帯を仕舞おうとした。
「ね、その画像あたしにもちょうだい?」
 気がついたら、そう口に出していた。
 特に気に入ったわけでもない。興味だ、と何故か自分に言い聞かせていた。
「ん、いいよぉ。……はい、そうしーん」
 数秒もたたないうちにあたしの携帯が震えだす。
「さんきゅ。でさ、この画像に便乗するわけじゃないけど。アンタは自分の夢、持ってる?」
「は? 何言ってんの?」
 言葉どおり、何言ってんだ、って顔で見つめられる。
「いやいや、ただ単の興味でしてね。……で、どうなのよ?」
「そうだなぁ。……お嫁さん?」
 お話のお供のポッキーをくわえながら首をかしげてる。
「ハ?」
「だってさぁ、特になりたいもんなんて今の世の中転がってないじゃん? だから、お嫁さん」
 適当に言ってるのか、本心で言ってるのか……。親友は次のポッキーに手を伸ばした。
「確かにねぇ……」
「それで、まなは?」
 半分にかじられたポッキーをつきつけられる。
「あたし?」
「そっ」
「そうだなぁ……なりたいものは、ある。でも、なれるかなぁ……」
「お、いいじゃーん! なになに?」
「絵のお仕事したいの」
「あぁ、見かけによらず、まなの風景画ってすっごくいいもんねぇ」
「見かけによらずって何よ、見かけによらずって」
「だってさ? 見た目、赤髪&目つき悪い。黙って立っていれば、不良と間違えられるまなだよ? そんなまなが絵のお仕事したいって……お母さん嬉しいわ」
 誰がお母さんだ、誰が。
 親友はよよよ、と泣く振りまではじめる。
「でもさ、まなん家って確か……」
「そ! バリバリの教育ママ。しかも、父親までエリート思考ときてる」
「うはぁ、前途多難じゃん……」
「ホントそうだわ。進路の話をしようものなら、一言目に大学、二言目にエリート……もう嫌になっちゃう」
「そりゃ、学歴も大事だろうけれど、それだけじゃちょっと生きてけないよねぇ」
「それにあたし、美術部でもなんでもないしね」
「そうそう、バリッバリの体育会系だもんねー」
「あーあ、どうしよっかなぁ……来年にはもう受験生、だし」
「青春謳歌できるのも今年度限り、ってか?」
「本当そんな感じ」
 親友の言葉に苦笑で返す。
「ね、さっきの看板撮った場所ってどこ?」
「どしたの? まなったら、やけにさっきの画像にこだわるねぇ」
「なんだか、気になっちゃって……」
「じゃ、地図描いたげる。じっくり散歩でもしながら、探しておいで」
 ささっと描かれた即席の地図を片手に行ってみることにした。


 地図に示された場所に行ってみると、画像の看板はどこにもなく、一軒の古びた家屋が建っていた。
「……なんで?」
 周りをぐるりと見渡しても、それらしき看板は見当たらない。あたしはとりあえず、古びた家屋に近づいてみた。
 近づいて、その家屋が何かの店だということに気がついた。かけられた暖簾には達筆な『夢屋』の文字。なんとなく、看板同様気になった。そして、気づかぬうちにあたしは戸に手をかけ、開けていた。
 あ……あたしってば、一体何やってるのよー!!
「いらっしゃいませ」
 開けてしまって、なおかつ声をかけられてしまったからには、後にはひけない……。
「あのー、この辺で夢を見失っていませんかっていう看板知らないですか?」
 もっともらしい理由で退散しようと、聞いてみる。
 店の奥から作務衣に身を包んだ男の人が現れた。
「もしかして、これのことですか?」
 男の人が指した先にはあの画像の看板があった。
 し、しまった……。このままじゃ退散できない……。
 その男の人は、あたしの心情を読み取ったのか、人好きする笑顔でにっこりと笑った。
「よろしければ、お茶でも召し上がっていきませんか? 外は寒かったでしょう?」
 その人の笑顔と心地よい声の響きに、思わず頷いてしまった。
 あたし……今日なんか、おかしくない?


 その人――李蓮琳さんに案内されて、店の中に何故かある喫茶スペースへと移動した。
 蓮琳さんは、少々お待ちくださいね、と奥の方へ消えていった。しばらくすると、二人分のお茶を盆に乗せ、戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
 ティーカップを受け取り、一口飲む。
「あ、おいし……」
 カップの中の紅茶を見た目、至極普通。でも、口に含んだ瞬間、そんなの吹っ飛んだ。ちょうどいい具合に甘く、渋い。そして、それを引き立てるようにかぐわしい紅茶の香り。
「喜んでいただけてよかったです。ところで、どうしてあの看板をお探しになられたのですか?」
 蓮琳さんが例の看板を指しつつ、首をかしげる。あたしは、正直に今までのことを話した。
「……ほら、これです。これを親友から見せられて、なんだか気になっちゃって……」
「まなさんはどうして、気になったのでしょう?」
「……どういうこと、ですか?」
 質問の意図が理解できず、首をかしげた。
「もし、今まなさんが夢になんら疑問を抱いていないとしますと、この言葉には反応するはずがありません」
 ――違いますか?
「……そう、かもしれません。いえ、そうなんです……。今、どうしたらいいのか……」
「話してください。私でよければ、聞きますよ」
 蓮琳さんの言葉に導かれるように、話し始めていた。
「あたし、絵のお仕事がしたいんです。でも、美術部でもなんでもないし、親にはいい大学行けって言われるし……。どうしたらいいのかわかんないんです。親は私にいい大学進んで、いい会社に就職して……って安定した生活を望んでいるみたいなんです。でも、あたしは、絵のお仕事がしたい……ッ」
 なんだか、感情に力が入っちゃったのか、涙が溢れてきた。蓮琳さんは慌てる様子もなく、頭をぽんぽん、と撫でてくれた。
 そして、落ち着いてきた頃、蓮琳さんがはかったように問いかけてきた。
「差し出がましいですが、まなさんの人生はどなたのものですか?」
「え……?」
「まなさんはお客様の中では珍しく、ご自身の夢も見つけてらっしゃいます。そして、夢へと進む道もしっかりと見据えてらっしゃる」
「そ、そうですか?」
 あたしはなんだか照れくさくなってきた。
「まなさんの人生はどなたのものですか? お母様のものなのですか? お父様のものなのですか?」
 厳しい蓮琳さんの言葉に身体に電流が走った。
「あ……」
 気づいたあたしに蓮琳さんは微笑みかけ、優しい声音で問いかけてきた。
「もう一度お伺いします。まなさんの人生は、どなたのものですか?」
 あたしは深呼吸して、力いっぱい答えた。
「あたしのものですっ!」


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