夢屋
情熱

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『あなたは夢を見失っていませんか?』


 女優になりたい。
 その思いだけを持って、今所属している劇団の門を叩いた。
 この劇団の団長は、力がある劇団関係者の知人友人が多いのが有名だった。
 それにあやかろうと、たくさんの団員が集まっていた。
 熱意の伝わらず、挫折していく団員がいる中、やはり、上へと羽ばたき、見事地位を確立した団員もいた。
 私はと言うと、完全に空回りしていた。
 夢のために、がむしゃらに頑張っていた。
 しかし、結果は伴ってはくれなかった。
 そんな日が続き、挫折しかけたある日。
 団長主催の飲み会に誘われた。
 行ってみると、一人、見知らぬ男性が参加していた。
 劇団関係者に見えず、一体何者だろう、と見ていると、団長から紹介された。
「彼は劇団関係者なんかじゃないよ。そんなの抜きの数少ない親しい友人なんだ」
 と。
 なるほど、と納得している横でその男性は問いかけてきた。


「……はい?」
「ですから、夢を見失ってませんか?」
「大丈夫……だとは思いますけど?」
 不審に思っていることがありありと表に出てしまっている。
 語尾を疑問系にしつつ、きっと、眉間にもしわが寄っていただろう。
 その男性は軽く笑い、緊張をほぐすようにさらに続けた。
「ですが、お悩みのようですよ?」
 この人に話してよいものかと悩んでいるのが読み取れたのだろう。
 団長が横から、彼はそういうのの専門家だよ、とささやいてきた。
「えと……ちょっと焦ってしまってます」
「どうしてですか?」
「同期だった人たちがどんどんと成長して……私、もうダメなのかなぁ」
 その人の雰囲気に油断していたのか、今まで口に出したこともない濁った感情がポロっと出てしまった。
「どうしてご自分で限界を作られるのです?」
 びっくりしてしまった。
 そういえば、そうだった。
「そう、ですよね。自分で限界作ってちゃ、ダメ……ですよね!」


 この人のおかげで私は再び夢を見据えることが出来た。
 この言葉のおかげで情熱に再び火が灯った。
「あすか。今度の公演、準主役だが、やってみないか?」
「ほ、本当ですかッ!? はい! もちろん、やらせていただきます!!」
「そうかそうか。お前、最近急に伸びてきたからな」
「あ……ありがとうございます!!」
「今度の公演、結構なお偉いさんがたんと来るから、な」
「はい! あ、団長。先日の飲み会で来てらっしゃった団長のご友人はなんという方なんですか?」
「は? 誰だい?」
「え……ほら、私が相談乗っていただいた……」
「そんな人いたかなぁ……。お前、酔っていたんじゃないかー?」
 団長はカラカラと笑い、去っていった。
「じゃあ、あれは一体誰だったの……?」


『あなたは夢を見失っていませんか?』


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