夢屋
希望

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『あなたは夢を見失っていませんか?』


 ある日変なメールが私の携帯に入っていた。
「何コレ…? 『あなたは夢を見失っていませんか?』……?新手のチェンメ?」
 私は気にも留めず、すぐ削除をし、そろそろアドレスの換え時かな、なんてのん気に考えていた。
 でも、数日経っても私はこのメールの事を忘れられなかった……。


「おはー」
「よぉ!」
「あれ? 真由は?」
「あぁ。真由、風邪だって。ほら、メール着てるし」
「ホントだ。珍しいな。真由が休むなんて」
「アンタと違ってサボりじゃないことは確かね」
「うわっ、ひっでー」


 その日もなんとなくつるんでるダチとだべって、ムカツク先公の話を聞いて、面白くない授業を聞いて……。
 こんないつもどおりの毎日を過ごすはずだった。
 確か、学校に向かった……はずだった。
 気がついたら、見知らぬ場所に来ていた。
「あっれ? ここどこだぁー?」
 とりあえず、目印を探す。
 携帯で場所を調べようにも、さっきからずっと圏外。
「携帯なのに圏外とかありえないし。てか、ここ、電波届いてるでしょー!?」
 なんてひとりで騒ぎながら周りを見渡す。
 奇妙なことに周りには誰も居ない。
「いくら学校が始まってる時間でも、何人かいたっておかしくないのに……。」
 少し心細くなり、語尾が段々と小さくなっていく。
 私はとりあえず、歩くことにした。
 しばらくすると、ある店が目に入った。
「えーっと、『夢屋』? 変な名前」
「変な名前ですみません」
 丁度後ろから声をかけられた。
「え!?」
 後ろには背の高い男の人が立っていた。
 あ、かっこいいー。
「あの、もしかしてこのお店あなたの……ですか?」
「あ、はい」
「あ、すみません!」
「はい?」
「あの、変な名前って言ってしまって……」
「いえいえ。実際に変な名前ですから。それより、学校は?」
 こんな時間を制服で闊歩していれば誰だって怪しむに決まってる。
 そんなことを頭の端で感じ、言い訳を考えた。
「えと、今日は創立記念日で休みなんです……」
「その格好は……?」
 このことをすっかり忘れていた。
 またもや、頭はフル回転。
「あの、今日が創立記念日だったことを忘れてて……」
「そうだったのですか」
 どんな言い訳だよ、と自分に突っ込んで、なんとかその場を乗り切った。
「あ、そうだ」
 その男の人は何かを思い出したような動作をして私のほうを見た。
「良かったら、僕の店でお茶でも飲んでいきませんか?」
「え?」
「ほら、だって、創立記念日でお休みなんでしょう?」
「はい!」
 私はウキウキしながら、その人の後ろについていった。


 店内は純和風といった感じで、和みムードが満点だった。
 店内を見渡していると、ふと、壁に設置されている棚に置かれている発光している珠が気になった。
「何か面白いものでも見つかりました?」
「え? あ、はい。あの、何かの縁ですんで、名前を教えてもらえませんか?」
「あ、そうでしたね。僕の名前は李 蓮琳(リ レンリン)と言います。あなたは?」
「あ、私は鐘倉 真由(カネクラ マユ)です」
「それで、真由さん。何か面白いものでもあったんですか?」
「え?」
「だって、さっきからずっとその棚を見てるようでしたから」
「あ、あぁ。あの、あの棚に飾ってある光っているものってなんですか?」
「あれ、ですか?」
「はい」
「あれは人の夢です」
「……ハイ?」
 私は何を言っているのか理解できなかった。
「だから、人が夢見ている様なんです」
「そ、そうなんですか」
「とりあえず、こちらに来てお茶でも飲みません?」
「あ、そうですね」
 私は蓮琳さんに連れられるまま、奥へと入っていった。


 私はずいぶん長い間、蓮琳さんとお話をしていた。
 そのずいぶんに気がついたのは、店に中学生くらいの男の子が入ってきてからだった。
「ただいま〜、蓮琳。言われた通りの物買って来たけど」
「あ、翠。お帰りなさい。ご苦労様です」
 その男の子は私の存在に気づき、蓮琳さんに。
「なぁ、蓮琳」
「はい?」
「だれ? この人」
「あぁ、この方はつい先ほどそこで会ったお客さんです」
「あ、どうも。鐘倉真由と言います」
「俺、香澄 翠(カスミ スイ)。よろしく」
 それだけ言うと香澄くんは店の奥の扉から消えていった。
 私はその香澄くんが入っていった扉を見つめていた。
「彼は私のお店の手伝いをしてくれているのですよ」
「あ、そうなんですか」
 そんなに香澄くんのこと、気にしてたかなぁ。
 そんな私の様子に蓮琳さんは和やかに笑ってくれた。
「ところで、真由さんは夢、持ってますか?」
「え? 夢……ですか?」
「はい、私の店に来た方にはいつも聞いてるんです」
「そうなんですか。私、夢ないんです」
「え? 本当ですか?」
「はい。特にやりたい事も見つからないし……」
「そうですか」
 私はなんだか無性に恥ずかしかった。
 自分の夢が言えなかったから……やりたい事もないようなつまんない人間だから……。
 蓮琳さんはそんな私を見透かしたように言った。
「それじゃあ、夢を探すのが今のあなたの夢ですね」
「え? 夢を……探すのが、夢?」
「はい。そういうのもありだと私は思いますよ」
「そうでしょうか……。そうですよね……それも、ありですよねっ!」
「はい。あ、そうだ。ちょっと待っていてくださいね」
 蓮琳さんはそう言うと店の奥へと消えていった。
 蓮琳さんが消えていった奥はちょうど暗闇になっていて、こちらからはどこに行ったのかわからなかった。
 といっても、この店自体に詳しくないからどこに行こうがわからないけれども。


 しばらくすると、蓮琳さんは香澄くんを連れて戻ってきた。
「真由さん、少し翠とおしゃべりしていただけないでしょうか?」
「え?」
「私、ちょっと外に用事があるので」
「えっと、いいですけど」
「それじゃあ、お願いしますね。翠、真由さんのこと、お願いしますね」
「わかった、わかった。さっさと行って来れば?」
「それでは」
「行ってらっしゃい」
 私は蓮琳さんを見送って香澄くんと向き合う形で座った。
「ところでさ、真由さん」
「ん?」
「夢がないって、ホント?」
「うん」
「そっか」
「でも、それがどうかしたの?」
「ううん、別にどうもしないんだけど。まだ夢に出会ってないんだなぁ……って」
「へ?」
 私は香澄くんの言っていることも理解できなかった。
「あ、わからなかったら別にいいから」
「う、うん」
「それより、なんか食べる?」
「いいよ、別に」
「ケーキと和菓子があるけど、どっちがいい?」
 香澄くんって結構強引かも、なんて感じ、答えていた。
「和菓子がいいな。どんなのがあるの?」
「えっとね、水ようかんと水まんじゅうでしょ? それから……」
「じゃあ、水まんじゅうがいいな」
「OK」
 香澄くんはまた店の奥へと戻っていった。
 少し経つと香澄くんがお盆に2人分の水まんじゅうと抹茶を乗せて戻ってきた。
「はい。水まんじゅうと抹茶」
「あ、ありがとう」
「あ、抹茶大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
「良かった。でも、真由さんって変わってるねぇ」
「え? どうして?」
「だって、それぐらいの女ってケーキの方が好きなやつ多いし」
「そうかなぁ? でも、そうかも」
「だろ? もしかして、ケーキダメ?」
「いや、そんな事はないんだけどね。ちょっと苦手って言うか」
「ふーん。和菓子がもっと広まったらいいんだけどなぁ……」
 その翠くんの何気ない言葉が私の心に響いた。


 私たちが楽しくおしゃべりをしていると、蓮琳さんが戻ってきた。
「すみません。ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
「あ、翠。ちょっとこちらへ」
「なんだよ?」
 蓮琳さんは翠くんと一緒に店の奥へと引っ込んでしまった。
 どうしたんだろ? なんだか、またひとりになっちゃったな。
 高校行きゃ、将来なんて簡単に決まると思ってた。
 でも、本当は違ったんだ。
 私、本当は何がしたいんだろ……
『和菓子がもっと広まったらいいんだけどなぁ……』
 私は不意に先程翠くんが呟いた言葉を思い出した。
 うん、私は確かに和菓子が好き。
 でも、和菓子を買いに行っていたら結構遠いし。
 それに、和菓子屋さんって結構入りにくい雰囲気あるもんね。
 もっとポピュラーな和菓子ってできないかな?
 って、一体何を考えているんだろうね、私。
「真由さん、答えは出ましたか?」
「え?」
 振り返ると蓮琳さんがすぐそこに立っていた。
「答え、出ましたか?」
 そう聞かれて、考え、答えとは到底呼べないけれども、何かが浮上してきた。
「……出せそうです。どうもありがとうございました」
「いえいえ。私たちはあなた方に夢を与えたり、夢を思い出したりするのが仕事ですから」
「そうですか。今ならなんとなくわかります」
「では、もう戻れますね?」
「はい!」


 気がつくと私は学校の前にいた。
 どうやってここまで来たのかはあんまり良く覚えていなかった。
 とりあえず、出来ることからやっていかないと。
 まず、この金になっている髪の毛を元に戻して。
 この短くなりすぎたスカートを適当な長さに戻して。
 そして、そして……。
 とりあえず、今は家に帰って心配している親に謝る事から始めよう。
 そして、私は家へと走って帰った。




「こちらは今注目の人気和菓子ショップ『どりーむはうす』です。こちらのお店は若い世代の方からお年よりの方まで御利用されているんですよ。このショップの目玉はなんと言ってもこの和菓子!とても和菓子とは思えないかわいい和菓子です!そして、こちらがこのお店のオーナーで発案者でもある鐘倉真由さんですっ!」
「こんにちは」
「すごい人気ですね」
「ありがとうございます。これも皆さんのおかげです」
「それで、どうしてこのような和菓子ショップを作ろうとお考えになったのですか?」
「はい、話せば長くなるんですが……」


『あなたは夢を見失っていませんか?』


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