明月を愛でながら「ラブレタァ」に想いを馳せる

ものかき交流同盟秋祭り2007参加作品

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 毎年の我が家の恒例行事は十五夜の日、夜までに大量の月見団子を作ること。
 今年も平日だというのに、朝から準備だ何だと手伝わされている。
 もちろん、あたし自身の用事は優先させてもらってはいるけれども、ちょっとでも休憩していようものなら、強引に手伝わされてしまうこの状況はどうしたものだろうか。
 そして、今、あたしは足りなくなった団子粉を買って帰ってきたところだ。
「おや。ゆりえ、おかえり」
「あー、じいちゃん。ただいま」
 蔵の掃除をしていたじーちゃんがほこりを払いながら、こちらに向かってきた。
 そんな大層なものじゃないんだけど、我が家の蔵には何故か残っているご先祖様の大事な遺品だとか骨董品だとかが仕舞ってある。
 売ったりなんかしたら、いい値段で売れたりするのかな。
「ゆりえは確か昔の文字が読めたよな?」
 じーちゃんはそう言いながら、歴史を感じさせる朱色の紐でとじられた漆塗りの箱を差し出してきた。
 その箱は厚さは十センチ弱で、収納箱のようだった。
「読めるってほどでもないけれど……解読もどきならなんとか」
 団子粉の入った袋を腕にぶら下げて、じーちゃんから漆塗りの箱を受け取ると、思っていたよりもずっしりと重い。
 片手でなんとか持てるくらいだろうか。
「これ、何が入ってるの?」
「知らん」
「そんな、知らんって……」
「ちょっとゆりえー? 帰ってきたのー?」
 箱の中に何が入っているのか覗き見したい衝動に駆られた直後、台所からお母さんに大声で呼ばれた。
「うわっ。じーちゃん、これありがと!」
 じーちゃんに向けて漆塗りの箱を軽く掲げ、あたしは台所へと急いだ。


 団子作りは結局、夕飯直後まで続き、お母さんが夕飯の支度をしている真横であたしは団子をこねていた。
 今晩の夕食は、普段の夕食より少なめに作られている。
 この後、大量の団子が待っているからだ。
 夕食も終わり、後片付けもひと段落した頃、お母さんが大皿いっぱいに山のように盛り付けられた団子を持ってきた。
「今年もまぁた大量に作ったなぁ」
 お父さんがビールを片手にのん気に言う。
「作った方は大変だったんだから」
 抗議の意味も込めてそう返すけれども、お父さんは愉快そうに笑うだけだった。
「そうだ、ゆりえ。あの箱の中、何が入っていたんだい?」
 じーちゃんがお茶の入った湯のみをすすりながら聞いてきた。
「あ、まだ見てない。ちょっと見てくる」
「ちょっと、ゆりえ! あんた団子食べないの?」
 団子地獄から抜け出せたと油断した瞬間、お母さんから隙のない一言が飛んできた。
「あー……じゃあ、食べながら見るよ」
 あたしはがっくりと肩を落とし、箱を取りにいった。


 自分の分の団子――またの名をノルマと課せられた団子をお皿に取り分けて、あたしは満月の見える縁側に座った。
 朱色の紐を解いて箱の蓋をはずすと、中からはまず綴じられた本が出てきた。
「日記……かな?」
 本を取り出し、ぱらぱらと読んでみた感じでは女の人が書いたものらしい。
「へぇ、やっぱり昔も今も悩んでることとかあんまり変わらないんだ……」
 片手で団子をひょいひょいと口の中に放り入れながら、読み進めていく。
 中には、着る服のこと、交友関係の悩み、そして「あの人」についての想いがつづられていた。
 読み終わった日記を横に置いた。
「ずーっと好きだったんだ……。いいなぁ、そんな人と出会えるなんて」
 団子をつまみながら呟いた。
 あたしは再び箱の中を覗き見ると、今度は大量の紙が出てきた。
 紙は色あせて、ぱさぱさとしていた。
「なんだろう、これ……」
 いくつかを拾い上げて読んでみると、誰かに宛てた手紙らしかった。
 それも、愛をつづった恋文だった。
「ひゃー! ええと、……今宵の、名月をあな、たも見ていると思うと、嬉しくもあ、り寂しくもあり、ます……かな? 想い合ってるのになかなか会えないんだ……」
 たったそれだけの文章に広がる世界にあたしも同じように切なくなってきた。
「あたしも、恋したくなってきちゃった。来年の十五夜は、ひとりで食べたくないなぁ」


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