星を見上げて

ものかき交流同盟一周年記念覆面祭り参加作品

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 おや、アンタどこから来なさった? 見かけない顔さねえ。
「はい、東のほうから……旅をしているんです」
 ああ、どうりで! ここら辺はなぁーんにもないからたどり着くまで大変だったろうね。それにしても旅人さん、また良いときに来たもんさね。
「良い、とき?」
 そうさ。今夜からこの村では星祭りが始まるんさ。
「星祭り、ですか」
 おや、旅人さんはご存知でないのかい。この地方はね、古くから伝承が色濃く残っていてね。みな自然と共存するために今、目に見えているものに感謝しようというわけさ。それがこの辺に残っている一番大事で一番古い伝承さね。
「なるほど……」
 夏場のこの時期はお星さんが一番綺麗に輝きなさるんだ。だから、この時期は星を祭ってみなで祝うのさ。
「ああ、それで」
 そういえば、旅人さんはいつまでここにいなさるんだい?
「そうですね……特に決めてはいないのですが」
 そうかいそうかい。それなら、好きなだけいるといいよ。ここの連中はみな気の良いやつばかりさね、旅人さんもきっと長居したくなるよ!
「あはは、そうですね。では、今宵の宿でも探すことにしましょうか」
 ああ、そうしなよ! 確か、北の丘の手前にいるガン爺さんの家なら旅人さんが泊まる余裕もあるさ。アタシが頼んで来てやろうか?
「あ、いえ。結構です。準備でお忙しそうですし、村を見がてらお尋ねしてみます」
 ああ、そうだね。アタシも星祭りの準備で走り回っているさね、見かけたら声でも掛けておくれよ。
「はい、そうします。それでは……」
 ああ。また星祭りにでも!




「おっししょーさまー!」
 二十代後半と思わしき男が少女の声に振り向くと、後ろから十五歳ほどの小さな少女が大声を張り上げて走ってきていた。
「遅いですよ、ヤクラ」
「だってだって、仕方がないじゃないですか! この付近の情報を集めろっておっしゃったの、おっししょーさまじゃないですか! それに――」
 ヤクラと呼ばれた少女は、声を潜めて続けた。
「おっししょーさまの対話のお邪魔は出来ません」
「そうですか……」
 ヤクラの言葉に男――"おっししょーさま"はヤクラの頭を撫でて褒めた。
「よく出来ました」
「それで、お婆さまは何を?」
 ヤクラの言葉に"おっししょーさま"は目を細めて、まだ太陽の高い空を見上げた。
「先ほどの方ですか。みな自然と共存するために今、目に見えているものに感謝することが大事なんだそうですよ」
「今、目に見えているもの……ですか」
 ヤクラはそう呟き、今自身が立っている丘から眼下に見える景色をなかば呆然と眺めた。
「寂しい、ですね」
 ヤクラの言葉に"おっししょーさま"はヤクラの見ているものへと視線を移した。
「寂しい、ですか」
「はい。時間の流れというものは、こうも変えてしまうものなのですね……」
 ヤクラの目に映っている景色には、緑豊かな自然などではなく、灰色のビル郡が広がっていた。
 そして、突如ヤクラの瞳が何かを思い出したかのように輝いた。
「あっ、おっししょーさま! 今夜から星祭りが始まるそうですよ!」
「今夜から、ですか」
「はいっ、おっししょーさま! 丘を下ったところで先ほど付近の街の方に教えていただきました!」
「古くからの伝承は、五百年もの時を経ても未だ生きているのですね」
「その方が見える景色が変わったとしても、伝承は受け継がれていくものだからともおっしゃってました!」
 嬉しそうにヤクラが言葉を紡ぐその隣で"おっししょーさま"は目を細めて、再び高い青空を見上げた。
「ヤクラ、今宵の星祭りを楽しみましょうか」


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