荘厳の音と共に

ものかき交流同盟聖夜祭2006参加作品

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 白い息が口から零れる。
 見上げた空には、まだ陽が沈んでから幾分も経っていないというのに、星々が煌き始めている。
「空、とってもきれい」
 羽織っているニットのガウンの襟元を寄せながらも、空を見つめてしまう。空も大地も静まり返り、祝祭を待ちわびているかのよう。
「っと、いけない。準備に行かなきゃ」
 くるりと向きを変え、神殿の中へと駆けた。
 ここは、生あるものの母なる大地母神マーフィルの総神殿。大陸のあちこちに建てられている大地母神マーフィルの神殿を総括している神殿であり、大地母神マーフィルの信仰の起源の地とされる場所。
 今日は大地母神マーフィルがこの世界に祝福を与えたと記録されている日の数百年後に当たり、今夜は大地母神マーフィルの祝福に感謝する祝祭だ。そして、今夜だけは神殿の夜間開放をし、大地母神マーフィルを信仰している人々と共に感謝を捧げようという聖なる夜だ。皆、この夜を楽しみにしている。
 大聖堂へと着くと、準備は終盤を迎えていた。入り口で準備の様子を伺っていると、大聖堂の中央で元気に指示を飛ばしていたシスター・フィーグルがこちらに気付いた。
「シスター! シスター・フィーリー!」
 わたしの名前を呼びながらというよりは、怒り叫びながらわたしの方へと走り寄ってきた。すでに相当の高齢になっているシスター・フィーグルは、そんなことは感じさせない機敏な動きだった。
「シスター・フィーグル、遅れてしまい、申し訳ございません」
 深々と頭を下げ、反省を形ばかり示すけれども、シスター・フィーグルには敵わない。
「そんな取り繕った反省などよろしいです。シスター・フィーリー、あなたがいないだけで祝祭が始まらないのですよッ?」
「わかっております。ですからこうして……」
 どうやら一言多かったみたい。
 最後に口走った言葉に、シスター・フィーグルの皺の深い目尻がどんどんとつり上がっていく。
「あなた……、まさか祝祭に参加しない気でも? い、いけませんよ! 今年はあなたが祈りの詞を挙げることに決まっているのですよッ!」
「だ、大丈夫です! わたし、ちゃんと祈りの詞を挙げますから!」
 徐々に興奮してきているシスター・フィーグルを鎮めるためにも、わたしは勢いで言葉を並べた。
「……それならば、よろしいのです。祈りの詞は確認しておかなくても、よろしいのですか?」
 わたしの言葉に安心したのか、シスター・フィーグルは呼吸を整えた後、一言を残してまた中央へと戻って行った。その後姿が心なしか疲れ切っているように感じたのは気のせいだろうか。
 本当は綺麗な夜空の下、祈りの詞をひとりで挙げてやろうと思っていたのに。


 大聖堂いっぱいに人が集った。この集った人が総て同じ信仰の心を持っているかと思うと、胸がいっぱいになった。思わずこみ上げてくる涙をそのままに、わたしは壇上に上った。衣装も先ほど着ていた、普段身に着けている薄青色のシスター服とニットのガウンではなく、純白のドレスへと着替えていた。薄い布地をふんだんに使い、首下から足元まで幾重にも布を重ね、さながら風を模しているようなドレスだった。
 荘厳をそのまま音にしたようなパイプオルガンのハーモニーが大聖堂に響き渡る。荘厳の余韻が残るまま、わたしは口を開いた。
 
 祈りの詞が大聖堂に響き渡り、声の余韻を残すように皆が祈っていることがわかる。わたしもやや遅れて跪き、母なるマーフィルに祈りを、感謝を捧げた。


 祝祭が無事終わり、ドレスの上からニットのガウンを羽織り、祝祭が始まるまでいた裏庭へと駆けた。
 真摯な空気は変わりないが、多少温度が下がり、夜空が満天の星空へと変わっていた。
「う、わぁ……きれい」
 自然と祈り始めていた。いつ両の手を組んだかなんて、覚えていないけれども、目の前の光景に感謝したくなった。
 白い息が口から零れる。無だけれども、有の時間が過ぎる。
 ふと、目の前を小さな真綿が舞った。
 顔を上げると、星空から白い結晶たちが舞い降りてくる最中だった。


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