同タイトル企画参加作品
※ラスト暗いです。病んでます。要注意
例えば、偶然目が合う。
例えば、偶然同じ店で出会う。
例えば、偶然同じ本を選んで指が触れ合う。
例えば、たとえば、例えば……。
数え始めたらキリがない。キリがないんだけど、あたしの心はそれをひとつひとつ拾い集める。そして、彼という存在を形付けていく。
きっとただの偶然なんだ。落ち着け心臓。
道端で人とぶつかって落とされた鞄から、中身が転がり出た。ぶつかった本人はもう通り過ぎてしまい、今のあたしの状態は知らない。
前からも後ろからも人がやってきて、慌てて拾い集めていると、横から手が伸びてきた。
その手はばら撒かれたあたしの荷物のひとつを拾い上げてくれた。その手は男の人の手だった。
「ありがとう、ございます」
突然の優しさに驚きながら拾われた荷物を受け取った。
「いえいえ……ってあれ。澤田さん?」
「え?」
そのまま進もうとしていたけれど、不意に引き止められた。
「ほら、隣のクラスの。学校ですれ違ったことくらいはあると思うんだけど」
「ああ……そういえば」
言われてみると、見たことのあるような気がする。彼が自己申告したように、隣のクラスで見た記憶がかすかにあるような気がする。
「あはは、あまりわからないって顔してるね」
「あ、ごめんなさい」
思わず心の中を見られた気がして、ヒヤリとしたものが背中を流れる。けれども彼は気に留めた様子もなく、爽やかそうな笑顔を浮かべていた。
「いいよいいよ。それじゃあまた学校で」
「うん、……学校で」
彼は手を振りながら去っていった。
この瞬間、あたしの世界に彼の存在が生まれた。それと同時に、確実にあたしの世界は鮮やかに色づき始めた。
翌日から顔を合わせると挨拶をするようになった。それがちょっとずつ話をするようになった。休日に偶然会ってからは学校の外でも会うようにもなった。
あたしの中で彼の存在がどんどん膨らんでいった。どんどん彼を好きになっていった。
いつしか周囲はあたしたちを付き合っていると判断し始めるようになった。そんな状況にあたしは嬉しく、満足していた。彼も満更ではなさそうにクラスメイトからの冷やかしを笑っていた。
でもやっぱりあたしはこのまま宙に浮いたような関係じゃなく、きちんと胸を張りたかった。
だから言おうと思った。
彼にあたしの気持ちを伝えて、これからも二人で笑っていたいと思った。むしろ、それがあたしたちの道なんだと、運命なんだと思った。
決意したあたしを待っていたのは、衝撃だった。
「……ごめん」
「あ。そ、うだよね……」
違った。ほら違った。また違った。
心が黒く陰る。
どう言い聞かせても、自分の都合の良い方向に考えて舞い上がって、結局墓穴を掘って自滅する。それがいつものパターンだって事くらい、痛いくらい自覚していたはずだった。いつもハッピーエンドなんて、見せてくれないんだ。結局いつもこうなんだ。
もういい加減飽きても良いこのパターンがまた続いている。
「ごめんね! あたしなんかに、その、告白なんかされて……め、迷惑だったよね!」
「あ、いや!」
「ううん! 大丈夫だから! だいじょうぶ、だから」
「その、本当ごめん。俺、行くから……」
少し前まで、未来を共に歩んでいく運命だと錯覚していた男が去っていく。ああ、だめだ。いつもの癖が出てる。お母さんにあんなに親指の爪を噛んじゃだめって言われているのに。
カリコリ、音があたしをひとりにしてくれる。
運命じゃなかったなら、あの人、いらない、よね?
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