5周年記念小説
どうしてこの世に愛なんてものがあるのかしら。
そんなもの、無くなってしまえばいいのに。
「我が君、どうしてこちらを向いてくれないのです」
彼は彼の属性である風の気を周囲に漂わせながら、さわやかな透き通った青緑の髪を揺らしながら首を捻る。
新緑色をした瞳は、不思議そうにゆらゆらと揺れている。
そう、彼は普通の人間じゃない。
私が召喚した風の精人(せいじん)なのだ。
彼ら精人は精霊とは違い、姿無く、ただ気ままに漂い、現象を起こすだけの存在ではない。
意思を持ち、実体もある――そう、人間とさほど変わらない。
ひとつだけ違うとすれば、人に有らざる力を持っていること。
わたしには戦う力がないから、彼に護ってもらうしか、ないのだ。
「我が君、一体何を怒って――」
「ジン! あなた、自分のした事がわかって喋っているの!?」
彼――ジンは困ったように、眉を寄せ、考え込んだ。
「先ほど襲撃してきた者たちから我が君を護っただけ、です。それにこれは私の仕事ですし、ええと……」
ジンはわかっていない。
わたしがどうしてこんなに怒っているのか、を。
「確かに、あなたの仕事はわたしを護ることだわ。でも、あなたが消えそうになるまで護って、とは言ってないわ」
精人は、もとは精霊だった者たち。
彼らの力の根源は、自然。
力が衰えると、彼らとて、精霊へと戻る。
そして、今しがた、ジンはそれを行おうとした。
――わたしを護るという名分で。
「あのときはああしなければ、我が君を護れないと思ったのですよ」
ジンにそう言われて、わたしは先ほどを思い起こす。
目的地へと着くためには、森を越えなくてはならなくて、わたしたちは森を進んでいる最中だった。
最初にそれに気付いたのは、ジン。
わたしが気付いた頃には、すっかり周りを囲まれてしまっていた。
樹々の間から、現れる魔獣化した狼の群れ。
ぱくりと割れた口から滴り落ちるその液体は、より一層にそれらの恐怖を掻き立てる。
危ない、と思った瞬間だった。
ジンがわたしの周囲に風の壁を張り、狼たちに風の刃を浴びせたのは。
普段なら、それくらいでは大丈夫だけれども、今回は話が違った。
狼たちは何かを嗅ぎ付けてきているのか、次から次へと現れる。
そうしてジンが次に取った行動は、わたしの足元から吹き飛ばすことだった。
物体を浮かすことは想像以上に力を要するらしく、あまり使わないと言っていたジン。
でも、それを使った。
吹き飛ばされた先は、目的地のすぐ近くだった。
そして、そこで見たのは、半ば消えかかったジンの姿。
このときほど、自分の無力さを痛感したことは無かった。
「愛しています、我が君」
「ジ――!?」
「だから、あなたを護りたいと思うのですよ。だから、許してくださいね」
ジンはそう言って、消えた。
愛なんて、嫌い。
わたしを悲しませるだけだから。
わたしを裏切るだけだから。
――我が君、そんなに悲しまないで。
風に乗って、ジンの声が聴こえてきた。
――回復するまで時間はかかりますが、すぐにお傍に参りますから。
「ジン、やっぱりわたしも戦う術を覚えるわ」
いきなりのわたしの発言にわたわたと驚くジン。
「我が君、私の言ってることが――」
「わかってるわ。でも、もう独りぼっちは嫌、なの」
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