こんにちは、神様ですか

5周年記念小説

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 こんにちは、神様ですか?
 いきなりで大変申し訳ないのですが、私のお願い、聞いていただけます?
 あなた様の横っ面、あらん限りの力で、引っ叩かせて頂きたいのです。



 きっかけは、数日前。
 酒場からの宿への道をご機嫌良く歩いているそのとき。
 若干ほろ酔いだったわたしが悪いのです。
 難癖つけられたって、上機嫌でかわせばよかったんです。
 なのに、なのに、なのにぃ……ッ!
「……そこ、どいていただけないでしょうか?」
 できるだけ丁寧な言葉を心掛けてみたけれども、どうやら逆効果に終わった。
 目の前におられる屈強な――しかし、どこか小汚いオジサマ方は酒瓶片手に今にも襲い掛からんが様子。
 って、こんな風にのん気に実況報告している暇はないんですけれどもね。
「んだと、コラァ!」
 まぁ、恐い。
「ヘヘヘー、お嬢ちゃん、可愛い顔してんじゃねぇか」
 舐めるように下から上まで眺めるオジサマ……やめろ、気持ち悪い。
「そろそろよろしいですか? わたし、行きたいとこがあるの」
 ですが、と繋がるはずの言葉は紡がれることがなく、わたしの喉を滑って落ちていった。
 オジサマたちの後ろに怪しげな黒のローブの集団が現れたせいで。
 奴らは確か巷で有名になりつつある、誘拐集団。
 確か、奴らの狙いは――魔力の強い術者。
 どう見ても、オジサマ方はただのチンピラ。
 ――となると。
「オジサマ方、大変申し訳ないのですが、逃げさせていただきますね?」
 別に言う必要などないけれども、いきなり消えるのはあまりにもかわいそうで……。
 目の前で喚いているチンピラは放置で、転移魔法を詠唱しつつも、指で空中に紋を描く。
 相乗効果で発動への時間が短縮されるのだけれども、それ以上に魔力を要する。
 黒のローブの集団は魔力の発動を察知したのか、奴らも何か魔法を詠唱し、紋様を描いていく。
「あれは……追跡魔法!?」
 わたしの魔法が完成したそのとき、思わず声に出してしまった。
 わたしの言葉にチンピラは後ろを振り返るが、もう遅い。
 奴らの中でひとりだけ、攻撃魔法を唱えている輩がいたから。
 そいつから発せられた炎の連撃はチンピラへと向かっていく。
 わたしはその寸前に移転魔法が発動したため、難を逃れたけれども、どうもそうは言い切れなさそう。
 移転先にひとりふたりと黒のローブが現れる。
「……一体何の御用ですか?」
 言葉は丁寧に、だがしかし、声色は地を這うが如く、怒気をはらんでいた。
 言葉遣いが変わらなかったのが不思議なくらいに。
 まさに一瞬触発。
 魔力での差は断然こちらが有利。
 しかし、人数を考えると、こちらは断然不利へと変わる。
「貴女が不利なのは、疾うにご自身で気付いてらっしゃるはず。出来れば、抵抗などして欲しくはないのです。私どもと共に来ていただけないでしょうか?」
 想像以上に優雅な物腰に、一瞬呆気に取られたけれども、すぐに臨戦態勢を取る。
「正体の知れない輩にわたしが、ほいほいとついていく、とでも?」
 わたしの言葉、対応に、話しかけてきた黒のローブがひとつ息を吐いたと思ったら、全員で魔法を詠唱し始めた。
 まったく……、これじゃあ本気を出さなきゃならないじゃないですか。
 わたしはそれに応戦するように、腕で淡い光を放っている腕輪を外し、詠唱しつつ紋様を空中に放つ。
 ひとりでこれだけの相手、割が合いませんもんねぇ。



 其れは、古代の良き者。
 其れは、失われたと云われる秘法。
 其れは、世で最大の力を持つと云われるドラゴン。
「主。久々の召喚だが、どうすれば?」
「とりあえず、目の前の輩を消し飛ばしてくださいます?」
 微笑みを付け加えることも忘れるなく、言い放った。
「了解した」
 この後、奴らが戦略的撤退を余儀なくされたことは言うまでもなく、これを機に、わたしは奴らにターゲットロックオンされてしまいまして、逃げ回る毎日が始まったというわけです。



 まったく、神様、一発どころじゃ済みませんよ!?


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