傍らで微笑んで

5周年記念小説

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 夕陽が差し込む放課後の学校。
 帰るために隣のクラスの前を通りかかると、教室の中で彼女が泣いていた。
 彼女は学年で有名なムードメーカーさん。
 彼女が泣くところなんて見た人、今までいないんじゃないだろうか。
 それくらい、元気なひとだった。
 その人が今、私の視界の中で泣いていた。
「どう、したの?」
 気がついたら声を掛けていた。
 彼女とは、隣のクラスで、しかも私は、いつも騒ぎを楽しそうに眺めている側。
 彼女の世界には居ないかもしれない。
 それでも、彼女の泣き姿を見ていたら、声を掛けていた。
「あ、なたは……?」
 零れる涙はそのままに、呆然として聞き返してくる彼女。
「隣のクラスの。いつも楽しそうに騒いでいるのを見てたから……」
 何が言いたいのか彼女に伝わったのだろうか、彼女は困ったように微笑んだ。
「あはは、びっくりした、でしょ」
 その微笑みがまた痛々しくて……。
「何か、悲しいこと、あったの……?」
 私の言葉に戸惑いがちに頷く彼女。
「そう、なんだ」
 彼女と私の関係ならば、それだけで充分な答えだった。
 私は廊下から彼女のクラスへと入り、彼女のすぐ傍らの椅子に座った。
「夕陽、まぶしいね」
「……理由とか、聞かないの?」
 いつも騒ぎの中心に居る彼女。
 きっと心の中でいろんな想いを抱えているんだろう。
 傍で見ている私でさえ、いろんな想いを抱え込んでいるんだもの。
「……聴いて欲しいの?」
 彼女は困ったように眉を寄せ、私を見つめていた。
「たまには、泣きたいときも、あるよね」
 こぼれるように私の口から出た言の葉に彼女が頷いた。
「だから、いいんだよ。ただ泣いたって」
 彼女は泣いた。
 声をあげて、嗚咽を交えながら。
 それに何が込められているかなんか、私にはわからない。
 でも、それでもいいと思った。



「ありがと、ね」
 目を真っ赤に充血させながら、彼女は微笑んだ。
「ううん、また笑ってくれるなら」
 そうして私も微笑む。
「ねぇ、また泣きたくなったら傍にいてくれる?」
 彼女の提案にちょっとびっくりしてしまう私。
 でも、答えは決まっていた。
「もちろん。いつでも呼んで?」
 そう言って、お互い携帯のアドレスを交換し合った。
 そのときは思いもつかなかった。
 まさか、無二の親友になるなんて。
 彼女は今、私の傍らで泣いているのではなく、楽しそうに微笑んでいる。


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