さみしい快感

5周年記念小説

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 テーブルの上に放置された携帯が振るえ、着信を知らせる。
 点滅しているその色は、あの人専用に設定したアクアブルー。
 心はわずかに躍りだすけれども、それは悟られたくないし、こちらにもちょっとした意地くらい、ある。
 怠慢な動きで点滅しているそれを取り、開けると、メール着信を示す文字を見つけ、慌ててメールを読み上げた。
 そして、本文の最後に表示されるひと言。
 ――また、会いたいね。
 あなたはその言葉、本気で思っているのかしら?
 その言葉に喜んでも、大丈夫?
 そうして返す私の言葉。
 ――そうだね、また会いたいね。
 私から言うなんて、プライドが許さないの。
 ねぇ、あなたから踏み込んできて。



 いつもは挫ける勇気を今日は総動員して、彼女にメールを打つ。
 やり取りの端々に、彼女が望んでいる事が覗くけれど、本当にそこに踏み込んで良いか戸惑ってしまう。
 ええいままよ、と打ち込んだその言葉。
 ――また、会いたいね。
 ややあって、返ってきた彼女の言葉。
 ――そうだね、また会いたいね。
 その言葉は本心?
 本当に信じていい?
 愚かな僕が君に踏み込んで、君の本当の笑顔を果たして見れるのだろうか。
 でも、僕はもう、踏み込むしかないみたいだ。



 彼女は鏡の前をくるくると舞い、入念なチェックにを繰り返す。
 あらゆる角度から、自分がどう見えるかをチェックするのも、本日三度目。
「よし、大丈夫! ……よね」
 そろそろ約束の時間に遅れそうな時間帯になり始めている。
「服は下ろしたてで可愛いし、これに合わせた化粧もした。爪も可愛いし、靴もバッグも今日の装いに合わせた物だし」
 あとは何が足りない? と鏡の前で再び首を捻る。
 しかし、時計は無常にも時を刻む。
「あっ、遅れちゃう!」
 彼女は壁に掛けられた時計を見やり、叫ぶ。
 そして、そのまま手首へと視線を移した。
「そうだ、これを忘れてたんだ……」
 そうして手に取ったのは、銀の鎖に控えめに散りばめられたサファイヤのブレスレット。
 彼女の心にあるのは、彼が褒めてくれた想い出だけ。
「それじゃあ、行ってきます」



 行き交う雑踏を眺め、彼は心を落ち着ける。
 しかし、すぐに右に左にと視線を彷徨わせる。
 彼が待ち望むのは、唯ひとりの女性。
「ちょっと早く来すぎたか……」
 左腕に付けられた腕時計を見て、ひとつ息を吐き、再び雑踏へと視線を移す。
 あ、と小さく声を上げた。
 雑踏の向こう側から彼女が照れたように笑いながら駆けてきた。


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