欠けた夏の海

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 照りつける日差しの下、砂浜の先に青が広がっていた。
 砂浜に足元を捕らえられながらも、守護者メルヴィは青に向かって駆けた。その後ろを戦士カレルヴォが、慈しむように微笑みながら悠然と歩いていた。
「うわぁ……!」
 メルヴィは初めて見るものに息を零した。村を出てから、すべてのものがメルヴィにとって初めてだった。
「海は初めてだったか」
「……うん!」
 カレルヴォがやや遅れて隣に追いついた。カレルヴォの言葉にメルヴィは笑顔を弾けた。
「シエル、見て! すっご、いよ……」
 いつものように振り返り、相棒に声をかけた。けれども、そこにはシエルの姿はなかった。海のさざ波が絶えず来ては戻っていく。
 村を襲撃され、シエルを何者かに奪われてしまってから一月ほど経った。けれども、メルヴィには慣れることはできなかった。
「……メル、いいんだ」
 カレルヴォが気をかけるようにその名を呼んだ。メルヴィは暗く沈む表情を無理に明るくし、カレルヴォに微笑んだ。
「だいじょうぶだよ! それにほらっ。あたしたちはちゃんと心でつながってる、から」
 無理に明るくした声色は最後まで耐えることができず、だんだんと暗く沈んでいった。カレルヴォはそんなメルヴィを見つめ、海を見つめた。
「……そうだな。シエルを取り戻したらまたここに来よう」
「カルにい……うん!」
 カレルヴォを見つめ、同じように海へと視線を移した。
 心に感じるシエルの感触は消えることなく、とくんとくんと脈打っていた。村を出る頃よりも身近に、力強くなっていて、それはメルヴィがシエルに近付いている何よりもの証拠だった。
「シエルと一緒に、絶対来るんだ……」
 メルヴィは決意をその瞳に込め、海を見つめた。

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