霧の空 霞の原
逢いにいくよ

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 リカが自分の世界に還ってからもうどれくらい経ったのだろう。やはりと言うか、リカからの通信は来ない。
 リカが還ってから、術の研究にも没頭できず、リカからの通信を待っている日が続いている。そんな僕を心配してか、ラインが毎日のように訪れていた。
「別に彼女だけが女なわけじゃないんだし……」
「僕には彼女だけだ」
 呆れたように言うラインに間髪入れず反論する。
「え、お前。他の女の子はどう見えてるわけ?」
「ダイコンかカボチャだ」
「だ、ダイコン?」
「リカの世界の食べ物だ。どうでもいい人のことをそう呼ぶらしい。リカが教えてくれた」
 わざわざ説明してやると、ラインはわざとらしくため息をつき、呆れたように言った。
「そんなにあのコがいいなら、マフォリナがあのコの世界に行けば?」
「……え?」
「まさか、今までそんなことこれっぽっちも考えなかったとか? うっわぁー、ヤダね。マフォリナったら、自分の事には頭が回らないんだー」
 ラインの言葉の羅列はいつまでも続く。
 そうか……、僕があっちに行くことも可能なんだ……。
「リカは術力を持っていた。ということは、少なからずあちらの世界にも術に作用する力があるはずだ。そうか、それを検証し、自由に使用することが出来ればあるいは……!」
「おーい、マフォリナ。ひとり盛り上がっているところすまないが、私は手伝わ」
「よし! そうとなれば、頑張るぞ! おい、ライン。お前はこちらの術力とあちらの世界の術力が一番近づく日を予測しろ。僕は向こうに行く準備で忙しいからなっ!」


 研究を再び開始してから約七日。僕はひたすら徹夜続きで研究に没頭していた。そのおかげで研究は最終段階まで進んでいた。
 こんな姿、リカには見せられないな。
 フ、と口の端だけが上がる。今はまだ空想の世界。だが、必ずこの手にしてみせる。
「ライン、術力はどうなっている?」
 丁度良いタイミングで研究室に訪れたラインにすかさず問いかける。
「三日後の一一五丸あたりに一番隣接すると見られているが、本当に行くのか?」
「何を馬鹿なことを言っている? 当たり前だ」
 ラインの瞳を見、決別の言葉を吐く。
「……戻って、来いよ。お前の帰る場所はここなんだから」
 ラインの眉が切なく寄る。
「いや、帰る場所はリカのもとだ。そうだな、たまにはお前の顔を見に来てやるよ」
「はは、まったくマフォリナらしいな」
 そう言ったときにはラインは背を向けていた。
 理解ってくれただろうか。でも、リカと共に来れるのならそれもいいだろうな。


 遂にやってきた決行の日。
 ラインは若干ふてくされた顔をしながらも、見送りに来てくれた。
「連絡手段が見つかったらすぐ知らせろよ」
「ああ、わかっている」
「……またな」
 軽く握手を交わし、転送用に描いた陣に入り、リカの世界を想った。リカを思い描いた瞬間、景色が光に一転する。少量の浮遊感を感じながら、目の前の景色は見慣れぬものへと変貌していく。
 光が完全に消え失せ、まずは自分の身体の異常を確認する。
「どこにも異常は見当たらない、な」
 そして、漸く一歩を踏み出……す前に呼び止められてしまった。
「う、うそ……」
 ゆっくりと声が聞こえた方に振り返る。声から予想していたが、案の定リカがそこにいた。リカは別れたときからあまり変わっていなかった。
「ど、どうして……?」
 目の前の現象に信じられないのか、リカは瞬きを繰り返し、驚きを隠さない。
「リカ、逢いにきた」
「ま、マフォリナッ!」
 手に持っていた荷物を手放し、瞳に涙をいっぱいに溢れさせ、僕の胸元へと駆け込んできた。あまりの勢いに多少バランスをはずしながらも、なんとかリカを抱きとめる。
「リカに逢いに来たんだ」


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