エデンの園で会いましょう
聖なる夜に

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 街が雪に沈む冬の季節。
 私は今、聖なる夜へ向けての準備に明け暮れている。
 ケィシュと迎える初めての聖なる日――。
 私は期待に胸を躍らせていた。
「ラティカ、すまない……」
 それはいつもの夜の散歩でのこと。
「お仕事が……」
「ああ……、本当に申し訳ないと思っている。お前と迎える初めての聖なる日だと言うのに……」
 ケィシュは沈痛な面持ちで地面を睨み付けていた。
 私はひとつ息をつき、ケィシュの傍らに座り込む。
「そんなにご自分を責めないで。お仕事なんですもの、仕方がないですわ……」
「ラティカ……」
 沈みがかった視線を上げ、ケィシュの瞳を見つめる。
「でも、私は待ってますわ。それに、日付が変わるまでは聖なる日でしょう? 聖なる日のキャンドルを灯し、待ち続けますわ」
 瞳に決意を秘めると、ケィシュもそれに頷く。
「それならば、俺も頑張らなければならない、な」


 そして、聖なる日。
 まだ陽も登りきらぬ早朝、仕事にと出かけるケィシュを屋敷の玄関ホールで見送る。
「ラティカ、外は寒いからお前はここまでだ。では、行ってくる」
「はい、お気をつけて」
 フェルーナとファリルと共に屋敷を出るケィシュ。
 扉の向こう側から馬車が動き出す音が聞こえ、扉をかすかに開き、馬車が見えなくなるまで見送る。
 フェルーナは気付いているというのに、ケィシュには未だに気付かれていない、私の見送り方。
 馬車の姿が消え、車輪の音さえも聞こえなくなった頃、外で見送っていたファリルが振り向いた。
「まぁ、奥様ったらまた……」
「ファリル、見逃して頂戴。あの人は寒いからと言って最後まで見送らせてくれないのですもの」
「お気持ちはわかりますけれども、御身体のことも考えてくださいね」
「ええ、ありがとう……。そうね、お腹の中にいる赤ちゃんのことも考えなければ、ね」
「そうですよ! ラティカ様のちょっとだけは全然ちょっとだけじゃないんですからね! 本当にお大事にしてくださいよ?」
 つい今しがたまで、私の後ろでそ知らぬ顔をして見送りをしていたマチは、ファリルという味方を見つけ、共に詰め寄ってきた。
「ええ、マチもありがとう。そうね、これからは気をつけるわ」
「さ、奥様。お部屋に戻りましょう」
 私は左にマチを右にファリルを従え、自室へと歩き出した。


 おやつ時を過ぎるともう陽があっという間に沈んでいく。
 日中はいつものようにカィミャくんの教鞭を取っていた。
 カィミャくんとティータイムを楽しみながらも視線は知らず知らず窓の外へ。
「先生、兄上はきっと帰ってくるよ!」
「カィミャくん……」
 ホットチョコレートを差し出しながら、カィミャくんが元気付けてくれる。
「ええ、そうね。心配かけちゃってごめんなさいね」
「ううん! 僕が元気ないとき、先生はいつも心配してくれるから、そのお返しだよ」
「ふふ、嬉しいな」
「先生の赤ちゃん、男の子かな。女の子かな」
「どちらかしらね。カィミャくんはどちらの方が嬉しいの?」
「うーん……どちらも嬉しいと思うよ! だって、男の子なら、一緒に遊べるでしょう。女の子は先生にきっととっても似てると思うから、大事にするし!」
「まぁ、カィミャくんったら。さぁ、お勉強の続き、そろそろ始めましょうか」


 結局、ケィシュは晩餐の時間を過ぎても帰ってこれなかった。
 料理長と共に一生懸命作った料理も冷めてしまった。
 私はカィミャくんと少し寂しい晩餐を済ませ、そして今、ケィシュの自室にいた。
 明かりをつけず、ただ、聖なる日のキャンドルに火だけを灯していた。
 どれくらいの時間が過ぎただろう。
 私はいつしか、浅い眠りについていた。


「こんなところで寝ていたら、風邪をひくぞ」
 今日だけでも何度聴きたいと切望しただろう。
 その声が頭の上から降ってきた。
 瞳をゆるゆると開けると、懐から懐中時計を取り出し、時間を確認するケィシュ。
「なんとか間に合った、か」
 ケィシュの胸元へと飛び込んでいく。
「わわ、っと!?」
 受け止める準備も何もしていなかったケィシュは、ベッドの上へとバランスを崩しながらも、私を抱きとめてくれた。
「おかえりなさい、あなた……」
「ただいま、ラティカ」
 その言葉を口火に私たちは離れていた時間を取り戻すよう、口づけあった。


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