Double Moon
新たな始まり

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 僕はカィミャ・ボスディア。上流貴族ボスディア家当主の弟という、なんとも微妙な位置にいる。まぁ、ボスディア家の一員、というだけで社交界デビューから五年間、話し相手に事欠けたことはない。女性もアプローチしてくるけれども、丁重にお断り申し上げている。最もらしい理由をつけて除けているが、本当の理由はきちんとある。だが、それは親しい悪友しか知らない。


「カィミャ、またお前にパーティーの招待状が届いているぞ」
 晩餐が終わり、ソファに座り、姪であるケティアを膝の上に乗せ、本を読んでやっていた。そこへ兄上が数通の招待状を僕に手渡した。ひとまず本を読む手を休め、ざっと招待状に目を通す。
「いかない」
「どうして?」
「興味が湧くものがないから」
 簡素に答え、本を読むのを再開させる。
 兄上は呆れたように肩をすくめ、義姉上は兄上の傍らで微笑ましそうに僕たちを見ていた。
「カィミャくん、それならば今度、イエローローズ館で催されるパーティーも欠席かしら?」
 義姉上の言葉に、思わず読む声が止まり、義姉上を見た。義姉上は軽く首を傾けながら、僕の答えを待っていた。と、そこへ、読む声がいきなり止まったのを怒り、ケティアが袖をぐいぐいと引っ張ってきた。慌ててケティアを見ると、ケティアは丁度止まった箇所を指で指し示し、言った。
「ここ。よんで?」
 そんなケティアに兄上が刹那に子煩悩へと変化する。
「ケティア、よくわかったな! えらいぞ。よし、ここからはパパが読んであげよう!」
「や。カーミャおにいちゃんがいいの」
 ケティアは可愛くぷいっと兄上とは別の方へと顔を向ける。兄上の反応と言えば、まるでこの世の絶望が来たような顔をしている。それを見てケティアは母親譲りのブロンドヘアを揺らしながら、弾けたように笑い出す。
「あら。ケティア、八つ目の鐘が鳴るわ。そろそろベッドに入りましょう?」
 義姉上がそう告げた途端、屋敷中に八時を知らせる鐘が鳴り響いた。義姉上の言葉にケティアは素直に頷き、僕の膝から降りた。そして、僕から本を受け取り、義姉上のもとへ駆けていった。
「ママ、寝る前にご本読んでね」
「ええ。さ、パパとお兄ちゃんにご挨拶は?」
 ケティアはパタパタと駆け寄り、頬にキスを落とす。こちらもお返しにおやすみのキスを頬に落とす。
「パパ、おにいちゃん。おやすみなさーい」
「おやすみ」
 ケティアは義姉上に手を引かれ、部屋から出て行った。
「……で、お前はいつまで引きずっているんだ?」
 唐突な兄上の言葉に驚愕する。
「い、一体何が?」
「ラティカのことだ。お前の初恋だろう?」
「ッ!? それをどこで……」
 悪友しか知らない僕の秘密。
「そんなもの、見ていればわかる。俺を誰だと思ってるんだ。それに、ラティカは俺の女だぞ」
 兄上に知られていた――。
 その事実が僕に押し迫り、息を吐くことさえも苦しくさせる。
「カィミャ、落ち着け。誰もお前を否定しない」
 兄上の言葉に激しく流れていた激情が薄れていく。
「ど、うして……?」
「お前の想いはお前だけのものだ。お前の想いを否定することは、お前自身を否定することにも繋がる。それを行うほど、俺は幼稚ではない」
 僕の中から何かが抜け落ちた瞬間だった。
「兄上が羨ましかったんだ……。兄上と同じひとを想えば近づけると思ったんだ……っ!」
「まったく、お前ってヤツは……本当に俺のことが大好きなんだな! でも、忘れるな。お前はお前であって、お前だけにしか出せない良いとこもあるんだからな」
 兄上は苦笑いをこぼしていた。
「俺にラティカが現れてくれたように、お前にもお前を理解してくれる唯ひとりの人が現れる。もしかしたら、もう既にお前と出会っているかもしれないな」
 兄上はそう付けたし、再び笑った。
 そうだ、兄上に義姉上が現れたように、僕にも――。そう考えると、僕は一体どれほどの時間を無駄に過ごしていたのだろう。
「さて、カィミャ。もう一度聴こう。今度、イエローローズ館で催されるパーティーは欠席か?」
 僕はひとつ呼吸し、応える。
「もちろん、出席するよ」


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